南沙織とシンシア | 負けるもんかSEVENTEEN'S MEMORY

南沙織とシンシア

南沙織と言う虚像とシンシアと言う実像がアイドルと言う偶像である。

ファンとしてアイドルのどこまでを知ろうとするのか?

追っかけをし、プライベートの隅々まで知ろうとする。
つまり、偶像の実像を如何に知りうることがファンの姿とするのか。

プライベートはけして見ようとはせず、たとへ見ても見ぬ振りをし、その偶像が発する言葉だけで虚像を作り上げることをファンとするのか。

現在では情報の多さでファンの間で後者のアイドル像を求めることは難しい。

私は後者だった。ファンとしてどうしてほしいなど言わない。ファンしてその偶像が発することが全てであり、その虚像を生涯すきであるわけだ。

今のAKBの演じている偶像に近い。がファンとしてはけして本人は遠い手の届かない距離にあえて置く。

南沙織と言う虚像を知り、シンシアと言う実像を知ろうとせずアイドルと言う偶像のファンであえてあろうとする。

私はそういうファンであった。

私の中の偶像は1978年で停まっている。
それにふさわしくない情報は聞かぬ振り。

だから、私の中ではシンシアは独身なのだ。子供もいない。と実像を歪める。

トイレも行かない(笑)
こりん星に還った(笑)