見残し、海底館なども訪れた。

 あの時のボクを見つけ、少しずつ記憶が蘇ってきた。

 キミには悲壮感などはなく、いきいきとした満足そうな顔をしていた。
 キミとボクが、同調していく。
 胸を締め付けられたかと思うと、胸がいっぱいに膨らんでいく、不思議な感覚。
 感じるものすべてが、遮るもののなくなったボクの心と身体に染み渡った。
 その土地の人には、当たり前の日常が、たまらなく、理由もなく、愛おしく、恋しかった。
 行き場のない若さを、仕事や酒にぶつける毎日。
 もう今は必要なかった。
 気分のまま、歩くだけでよかった。
 見栄を張ることも、隠し事もない。
 この時、隠すものといえば、靴下の穴から飛び出た親指くらいだった。
 素足にサンダルを履き、バス停でバスを待った。
 バスに乗り、終点、中村(現四万十市)に向かう。
 車窓から眺める景色が、海岸沿いから、山の中の景色に変わっていく。
 すると、車内にチャイムの音が鳴った。
 しばらくすると、バスは減速していき、道路の左に寄り、止まった。
 空気の抜ける音とともに、扉が開くと、一番前の席に、黄色い帽子が見えた。
 背もたれで気づかなかったが、小学生の女の子が、先客でいたようだ。
 「ありがとう」と、運転手に頭を下げると、その子はバスを降りた。
 再びバスが走り出し、後ろを見ると、先程の女の子が、バスに向かって、2、3度手を振り、使うことのなかった傘を握りしめ、反対方向に走っていった。
 この辺の小学生の子たちは、バス通学をするんだなと、1人で納得した。
 中村に着く頃には、真っ暗になっていた。
 こんな時間になるだろうと、この旅始めて、電話で宿を予約した。
 観光施設の中にあった公衆電話で、電話帳の中の広告を見て、予約した。
 運転手が、どこの宿に泊まるのかを聞いてきた。
 ボクは答えるついでに、食事のできるところは周りにあるかをたずねた。
 今日も1日が終わっていく。
 次第に、バスは道の左わきに寄り止まり、ドアが開いた。
 まだ、中村駅はもう少し先だ。
 「お疲れ様。着いたよ」とバスの運転手。
 促されるまま降りると、今晩泊まる宿の前だった。
 ボクは慌てて、「ありがとう」と頭を下げると、「いい旅を」とバスの運転手は言い、駅の方にバスを走らせた。