固まってしまった、パレットの上の絵の具を洗い流すように、あの日のボクに戻ろうと記憶を辿る。

 お風呂を出て、部屋に戻ろうとすると、夕飯は隣の部屋に用意してあるという。

 他に宿泊客はいないようだった。

 隣の部屋に入ると、一人で宴会でもしろというくらいの、料理が並べられていた。

 刺し身の盛合わせ、エビフライ、えびの天ぷら、山菜の天ぷら、鮎の塩焼き、とんかつ、ステーキ、煮物などなど。

 瓶ビールを頼み、鈍燗を頼み、一品ずつ味わった。

 遅い昼に食べたうどんで、全部は食べきれないとわかっていたからだった。

 女将さんに、食べ残してしまったことを詫び、一度横になったら起き上がれないくらいのお腹を抱えて、布団に入った。

 翌朝、洗濯してもらった衣類とビニール袋を、女将さんから手渡された。

 昨日、食べ残したおかずで弁当を作ってくれていた。

 早い時間に、朝食を取らず、宿を出たので、ありがたかった。

 他に乗客のいないバスにのり、小さくなっていく街を見続けた。

 もう少しいればよかったと思ったが、バスもボクの心も先に進んでいた。

 中村(現四万十市)には、夜暗くに着いた。

 どこか途中に寄ったのだろうか。

 足摺岬の、ツバキ、ウバメガシ、ビロウの木々の中を歩いているボクを思い出した。