大きな窓にかかったカーテンをあける。

 窓を少しあける。

 外の景色と風が病室に入ってくる朝のこの時間が、1日で唯一、ボクの心が休まる時間だった。

 「今日も朝が来たよ」と独り言のように言うのが常だった。

 寝てるときと、天井を見つめているときと、いずれにしても妻は反応することがなかった。

 それでも、極力、何気ないことを話しかけるようにしていた。

 朝食を、ソファベッドの上でとり、8時になると、ボクは病室を出て用事に出かけた。

 時間の感覚も曖昧になってきている妻に向かって、「午前中には帰ってくるからね」と。

 3時間ほどで戻ってくると、デイルームにいた先生がボクに手招きをした。

 向かい合う位置のソファーにすわった。

 「ご主人は、お家で看取りたいんですね?」

 ボクなら住み慣れた部屋のいつも使っている布団が落ち着くなと思っていた。

 「御本人は以前、ここでいいと……」

 妻が周りに迷惑を掛けたくないという意思がみえた。

 ボクは強く連れて帰りたいと思った。

 日々の暮らしの中に連れて帰りたい。

 先生は最後にこう言った。

 「あと一週間もつかどうか」

 聞き終えるか終わらないかのうちに、目頭が熱くなり涙が自然とこぼれてきた。

 わかっているのに、突きつけられるたびに、自分の覚悟のなさを知った。

 涙を拭い、病室に戻ると、妻の鎖骨のポートには、点滴がつけられていた。

 それはこの病棟で、いい意味をなしていなかった。

 極力ストレス無しで過ごし、体調がよくなれば自宅に戻る。

 不自由さを招いたのは、「悪化」でしかなかった。

 昨日までは、少しずつ窓から見える景色が日常に見えてきたのに、1日にして、非日常に戻った。

 それでも変わらないのは、付き添っていても何もできないボクが妻と過ごす時間だった。