げんきいちばん「高橋むつみ」のブログ -14ページ目
12月29日(水) 晴れ

雲が泳いでいるって 感じの年の瀬
2010年もあと2日ですね
新年
暦が1枚
変わるだけなのですが
年賀状
大掃除
挨拶回り
年が改まるという事に
時間を特別に扱いまた想う事に
ありがたみを感じます
当店では
店頭に「門松」を飾ります

この「門松」は
以前このブログ(5月31日「想い2」)で綴った
同級生のK君が作りました
K君は5年前、47歳の時
脳内出血の大病を患い
生死を彷徨いながらも一命を取り留めました
・・・
右半身不随の後遺症との闘いの毎日です
しかしながら毎日リハビリに励み
散歩に出たり
以前紹介しました
左手ひとつで折り紙の「鶴」を折ることも出来ます
そんな彼が丹精こめて造ってくれました
想像してみてください
健常の人には気がつかない事が
たくさんあります
例えば、爪切り
彼は右手の爪は簡単に切れますが
左手の爪を切ることが出来ません
そんな彼が
材料の調達から竹のカット
そして梅の花の形をした縄

右手の利かない彼はいったい左手だけで
縄をどうやって操っていると思います?
口と歯と左足の指を最大限に使い
仕上げているのです
今年は依頼も増え
寒空の中 投光器を点け
夕暮れまで頑張ったそうです
年の瀬にこの門松を飾りますと
高橋もこの1年
人生の中でも劇的な場面も遭遇しましたが
自由が利かない中でも
懸命に造っているK君の姿が浮かび上がり
「門松」が
生きる力とPawerを与えてくれます
K君
元気の源を
ありがとう
12月19日(日) 晴れ
今年もあとわずかとなりました
クリスマスもすぐそこ
寒さも
いよいよ厳しく
雪が舞い落てくるのも
例年より早いのでしょうか
高橋も歳を重ねるにつき
寒さが本当に苦手になってきました
それまでは下着もTシャツで十分でしたし
長袖の下着なんて!・・・と
どこかで斜に構えてました
昨年戸別訪問をさせて頂きながら
戸外での長時間の滞在に
どうにも我慢できずに
「袖を通しました」
ヒートテック
確かにCM等でその存在は知ってましたが
Wow ここまで 暖かいとは 凄い もの凄い
先日 ご近所の皆様方と
師走の築地~浅草とバスハイクに出かけました
ヒートテックのおかげで
重ね着無用
バス社内と屋外の温度差もなんのその
この先
長いお付き合いになる
ヒートテックに感謝
・・・・・・・・《付録》・・・・・・・・
写真は浜離宮から見た
東京タワー
そして
今話題のスカイツリー
です。
12月6日 (月) 快晴
日が暮れるとめっきり冷え込みますね
冬
と共にウィンタースポーツの到来です
高橋は駅伝
87回を迎える箱根駅伝が楽しみで楽しみで
心待ちをしている
駅伝ファンのひとりでもあります

出逢いは
今から32年前1978年
大手町当時の三和銀行前に5時集合
各校各々陣取り
8時号砲まで応援開始
静まり返った大手町のビルの間を
応援歌と太鼓の音が響き渡り
あたりも明るくなり
緊張感も徐々に高まります
今でこそ
テレビ中継
も手伝い
お正月の風物詩
ですが
当時はテレビ中継などはなく
やってもニュースのみ
唯一NHKのラジオが実況
沿道を埋め尽くす人垣も
場所によってですが
ちらほら が当たり前でした
スタート!自衛隊のジープの先導の元
選手が応援団の前を一団となって通過

ここからが各校の応援団もあわせて
もうひとつのレースのスタート
手早く道具を片して
(大根の葉っぱも拾い集め・・・)
学校関係者は
バスに分乗
前を行く選手を追い越し
次なる応援場所「戸塚中継所」へ
各校総勢10台を超える車両も
選手同様抜きつ抜かれつ
デッドヒート
中継所に着くやいなや陣を整え
「応援」で選手を迎えます
以後 平塚・小田原を同様に繰り返し
応援バスも
芦ノ湖へ向かいます
ここまでくると選手の差も開き
反対車線を走らないと間に合いません
選手を追い越していくのが大変
そして芦ノ湖畔往路ゴール
順位の一喜一憂をそのままに
正月の
大宴会が始まります
応援団はここで幹部交代式
明日の復路は新団長および新幹部の
リーダーでゴールを目指します
まったく違った裏舞台の様子を綴りましたが
2日間 217.9Km 10区間
文字に表せばそれだけですが
80余年の伝統と支えてきた重み
1本のたすきを命がけで繋ぐ「駅伝」
走っている選手やその裏の裏まで
数え切れないドラマの展開に
思わず見入ってしまうのです
あのお正月の2日間の
ドキドキわくわく
選手、関係各位の頑張りと努力に
「感謝」
各校のご健闘をお祈りいたします

