宇都宮駅の中、パセオの本屋に入った。
いつものことで、最新刊が並ぶコーナーの前で立ち止まった。
ささっと気になる本が無いかどうか確認していると足元に流れてくる不穏な空気が気になった。
(なんだよ・・・瘴気を発する化け物でもいるのか?)
本屋で時間を潰そうと思っていたけど、そんな存在に気を紛らわされたく無い、私は他の場所に行こうと決めた。
本屋を出て駅の方に向かった。
すると、さきほど流れてきた「瘴気の元」である男性がすぐに目に入った。
本屋を出ると大きな柱があり、その柱は天井を支える大事な柱のようだった。
その脇に一脚の椅子があり、そこにその男は居た。
両ひじを対の手で抱え込み、背を丸め、足を組み身を縮めていた。
歩きながらその男の目を一瞬見てみると、まるで死人か抜け殻の眼で、その心は悲しみに支配されていた。
(愛する人を失った悲しみは誰も救ってあげられない)
(時間だけがその傷を癒すのだろうか・・・?)
(いや、それも難しいだろう)
(見えない世界の影響が無かったらどうだろうか?)
(いや、それでも難しいだろう)
(とり憑いている魔物の影響だろうか?)
(いや、それもあるけれども、たとえあの魔物がいなかったとしても、彼の悲しみは消える事はないだろう)
人は必ず死ぬ。私だって必ずいつかは死ぬ。そうすると誰かは悲しんでくれるだろう。
でも、あの男性のような悲しみ方をされたら、それは嬉しく無い。
全く忘れられるのも嫌だけど、忘れたような感じで元気に頑張ってくれるならば、私の分まで誰かが笑ってくれるならば、頑張ってくれるならば、それは嬉しいだろう。
あの男性が出す瘴気は、霊媒体質の誰かの所に、そう時間がかかる事なく宿替えするのだろうな。
そんな事を考えながら私は新幹線のホームに立っていた。
12月30日12時。
「今年も一年、本当に良く頑張った。」
私は私を褒めた。すると、なぜか涙が溢れ出てきた。
本当にいろんな依頼者の方がいた。優愛に出会って、優愛に依頼して本当に良かった。そんな言葉や手紙を頂くのは確かに嬉しい。でも私だって人間だ。生身の肉体を持っている人間。だからこそ、私は自分を褒めた。私は自分の心と肉体を思いっきり誉めてあげた。だからだろう、涙が溢れてきた。
私が担当している会員さんに「自分の心と体を誉めてあげてくださいね!」と偉そうに言っていたのに、私こそが自分を褒めるのを忘れていた。
そして私は放心した。
何も考えずに、何も考えられずに新幹線の自由席の通路に立った。
目の前で駄々を捏ねる5、6歳くらいの女の子が母親から叱られていた。
え!?
っと声が出そうになった。
その子の母親の後ろに「死神」が。
視たくも無い「見えない世界の存在」
(母親の影はまだ薄くないし実体もはっきりしている)
(もしかしたら、母親のさらに後方の誰かに憑いているかもしれないし、関与もできないし、寿命は変えられないし)
目の前でさらに駄々を捏ねる女の子は母親からチョコレートを渡されていた。
放心するくらい疲れていた私の頭の中に
松任谷由美さんの「ルージュの伝言」が流れ出していた。
シックスセンス管理人
