本当にすごい‼️
根本恵理子先生の講座。

先生だけでなく、先輩方や同期生、後輩たちとの連携が完璧で、システムが整っていて、どんな難しいケースにぶち当たっても、みんなで解決してくれる。

安心して開業してしまいました。

未来はみんなの手の中。


インナージャーニー講座9月生のあゆみんと交換セッションしました。


歌を歌っていた前世は何度か見たことがあるのですが、芝居をしている前世は見たことがないので、それを狙ってみました。


ニューヨーク。

外階段のアパートが建ち並んでいる。

窓から外を眺めている。

星と月が見える。


18歳の女性。

サラ。

ネル生地の水色のパジャマ(前ボタン)を着ている。

髪は短くて濃い茶色。

ウェーブがくりんくりんにかかっている。

茶色い目がくりっとしている。

眉毛が濃い。

田舎臭い。

白人の血が混じっているアジア系。


狭い部屋にベッド、床にスーツケース。


12歳の時に祖父母と一緒に一度、ブロードウェイミュージカルを観た。

それ以来、自分もあんな風に舞台に立ちたいと思っていた。


最近、ニューヨークへ出てきたばかり。

明日はオーディションを控えている。


本当にニューヨークにいるんだ!

ワクワクドキドキ。

根拠のない自信を持っている。

これからの人生、いいことしか起こらないと思っている。

明日にそなえて寝た方がいいけれど、興奮して眠れない。


オーディション場面へ。

50人ぐらいのいろいろな人種が思い思いにストレッチしたり、声を出したりしている。

友達同士で来ている人もいるし、30代を過ぎている人もいる。

「コーラスライン」のよう。


自分は世間知らずだった。

素晴らしい人たちがいっぱいいる。

これではいい結果は期待できないが、こういう人たちと一緒に受けられて満足している。


案の定オーディションは落ちたが、オーディションのおかげで友達ができた。

そして審査員のひとりが、レッスンを受けられる場所を紹介してくれた。

歌やダンスはあきらめて、芝居でやってみるようにともアドバイスをもらい、素直に演劇の道へ。

この時にアドバイスをくれた審査員は、おそらくテアトルエコーの故・槐柳二氏。

恩師である。


現世の私と違う。

私はテアトルエコーに残れるかどうかの会議で落とされた時に、

「エコーでコメディがやりたかったのだから、エコーに残れないなら意味がない」

と思ってしまった。

槐柳二氏が、女性だけの某劇団に行くように勧めてくれたのに断ってしまった。

変なこだわりに囚われていた。

しかし、プロになっていたら出会えなかった大事な人たちに会えたので、そこは必然かなと思う。


そもそもエコーに残れていたら、ヒプノセラピーを学ぼうとは思わなかっただろう。


人生の重要な場面へ。


49歳。

主演の舞台に立っていたが、奈落の蓋が閉まり切っていなくて、本番中に転落した。

足を粉砕骨折して右脚を切断した。

(今、気づいたが49歳の時、私は右脚を人工股関節にした)


ああ、ここでもまた脚が不自由な人生だ。



でもサラは落ち込まなかった。

どこまでも前向きだった。


自分が落ち込んでいたら、舞台のチェックを怠ったスタッフが責められる。

衰えて舞台に立てなくなるよりも、さっさと気持ちを切り替える。


彼女は演出家に転向し、車椅子で演出をつけるようになった。


サラからのメッセージ。


「人のせいにするのをやめなさい」

「なんでも自分にとっての必然として受け入れる」

「こだわっていると周りが見えなくなる」

「心配しても、希望を持っても、やってくる未来は止められないから希望を持って

いた方がいい」

「根拠のない自信は大事」


こだわり、若い頃にくらべるとなくなったと思う。

おっさんに助けられて男の子を育てたおかげかもしれません。