調べ物があって昔の日記をひっくり返していたら、興味深いことを書いていたので記録のために書き留めておくことにした。

(今の私には思いつかないようなことも書いている)


芝居(に限らないのだけど)って、プロフェッショナル、アマチュア、ど素人がいる。 


私自身はもちろんプロではないので、観客の視線でものすごく生意気なことも書きますがご容赦ください。


プロの中でも、非の打ちどころのないプロもいれば、プロとしてやってはいるが突っ込み所が多いプロもいる。 


アマチュアともなると、さらにピンキリで、かなり見せてくれるアマチュアもいれば、お遊戯レベルもいる。 


そんな中に、ど素人も混じる。 


台本に書かれた台詞を声に出して読んでいるだけで、 

「それやってておもしろい?」 

「なんで芝居やろうと思った?」 

という人もいる。 


逆に、ちょっと芝居をかじってしまったばかりに、ど素人より始末に負えないことになっている人もいる。 

うまい役者も、ヘタな役者も、そこそこの役者も、星の数ほどのレベルに分かれて混在している。 


でも、気づいた。 


突っ込み所満載のプロと、非常にうまいアマチュアとの間には大きな壁がたちはだかっていることに。


どちらが芝居として魅力的なのかというと、もちろんプロの方なのだ。 

この差はあれかな。 

素に戻る間が皆無ということなのかな。 


誤解を怖れずにわかりやすく言うと、ヘタなプロの方がじょうずなアマチュアより、ずっとずっとうまいということ。 


たぶん私は今まで、質のいい舞台を多く観る機会に恵まれていた。

ありがたいことに。 

中学生で劇団NLTに出会えたのは人生の宝だ。


だから、ヘタなプロとじょうずなアマチュアなんて、微妙なグレーゾーンをあまり目撃していなかったわけだ。 


A☆MWの舞台に関してはわからない。 

自分が出演していなかった頃のDVDを観ても、100%無関係とは言い難いので客観的に見られない。 


話が逸れまくっているが。 


ある日、プロとアマチュアが混在している舞台を観た。

(10年ぐらい前のことです)


いろいろ気になる瞬間があった。

その小さな瞬間をなくすことこそ大切な作業なのかもしれない。 


ある俳優はしばしば相手役の台詞を聴いている間に、頬を膨らませて口を不満げにとんがらせる。 

ブーの口だ。 

これが無用に頻繁だったので、おそらく癖か防御か、間つなぎの為に開発した手段なのだろう。 

それが見えてしまって残念。 

プロだと、きっとそんなことを観客に気づかせないのだ。 


その日が初舞台だという俳優は、ちゃんと芝居をしているのだが点線だった。 

熱演で台詞を叫び終わった途端に、 

「あー、終わった終わった」 

という表情になって引っ込んでしまうのだ。 


声に出して読んでいるだけの人は点線にすらなっていないわけだが、アマチュアにしばしばあるこの点線芝居。 

台詞がない間に芝居していないのだ。 

この点線がどんどん緻密になっていって、最終的に実線になったらプロなのだと思う。 


その作業を私は、全身にクリームを塗り込むと言っているのだが、点線を実線にするという言い方、わかりやすいかもしれない。 


鷲尾真知子さんなどは、ものすごく太い実線なのね、きっと。 


20年近く前に、テアトルエコーの研究生公演を観た時に、感じたことも書いておく。

こちらはプロの雛鳥たち。


感じたのは、出演者と出演者の間の距離が広いということ。

物理的な距離ではなく、

なんというか、目が粗いという印象。


これがもっと、ぎゅっと詰まると気持ちいいんじゃないか。


そのうち、一人でぎゅっと詰まっている人を発見。


加藤拓二さん

(今やベテラン)


彼が追い詰められて行くにしたがって、

彼の周囲の役者の距離が詰まっていった。


プロフェッショナルだけの舞台では気づけないこと、いろいろ考えることができました。 

いろんなものを観るのも必要なのね。 


令和8年の今、アガリスク エンターテイメントの皆様のプロフェッショナルぶりは、とてつもなく凄いものだと感じる。


舞台をたくさん観なければ。



「海に還る 女優・賀原夏子」


劇団NLTの創設者、女優、演出家である賀原夏子さんのことを、養女である塚原純江さんが記したもの。


同じく劇団を守るために賀原さんの養子になった川端槇ニさんの投稿でこの本を知り、読んでみたが内容に覚えがある。


たぶん出版された年に読んでいるのだ。

30年以上前のことであり、私はまだ何も知らない30代だった。


それでも

「壮絶だなぁ」

と思った。


賀原さんが亡くなった年齢(70歳)に近づいた今、読んでみるといろいろ感慨深い。


30年の間に劇団NLTが、どう生きてきたか、どう成長してきたか、ファンとして見ているからである。


賀原さんは1990年にガン告知を受け、8ヶ月後、1991年に亡くなった。

亡くなる1ヶ月前まで「毒薬と老嬢」の舞台に立っていた。


私と同世代の人なら「チャコちゃんのおばあちゃん」と言えばわかるだろう。


劇団NLTは、毎月「30日会」という支持会員と交流するファンサービスイベントを行っていた。


賀原さんはいつもスカーフを頭に巻いて、上品に微笑んでいらした。

こちらはちっぽけな高校生なので口をきくことなどできない。


支持会担当の由起艶子さんや、鵜原にあるNLTの海の家で世話をしてくれた川島一平さん、2017年に舞台の上で倒れて急死した中嶋しゅうさんが、大人の場に紛れ込んだ高校生に気を遣ってくれた。


川端槇ニさんや鷲尾真知子さんは雲の上の存在だった。


木村有里さんが「毛皮のマリー」を歌ったり、クイズがあったり、今、思い出しても胸がワクワクする楽しい会だった。


同じくNLTの創設者であり、1974年に亡くなった青野平義さんにもギリギリ、私はお会いしたことがある。

私がNLTの支持会に入会した時にはご健在だった。


「死ぬのは初めてだからワクワクしている」 

「私は自分の死に、すっかり凝っている」

ここ、原文ではおそらく校正ミスで「疑っている」となっている。


激痛とめまいと吐き気を全力で乗りこなしながら、亡くなる1ヶ月前まで舞台に立っていた賀原さんが、何よりも心にかけていたのが劇団NLTの行末だった。


賀原さんが亡くなってから34年。


賀原さんに会ったことのない、素敵な実力のある俳優たちがわんさかいる。

「劇団NLTですと言えば、それだけで現場の人たちが信用してくれたりする」

と、ある俳優が話してくれたことがある。

立派な老舗の劇団である。


劇団NLT中間生支部も、だんだん賑わってきつつある反面、若くはじけるエネルギーが今のNLTに溢れている。


代表の川端槇ニさんが、どれだけのご苦労で支えてきたのだろうか。


無責任な一ファンでさえ胸が熱くなる。

ただ観ていただけなのに、NLTの存在が誇らしい。



Mさん

50代

女性


ピプノセラピー初体験はグループでのセッションでした

見る気満々で参加したので、まさか自分が見られないとはつゆとも思わず、とても残念な気持ちで1回目を終えました


それから空丸さんの個人セッションを申し込み、事前に「瞑想」や「ヒーリング」など、見易くなる練習、たるものを学び,当日に挑みました


また見られないかも…という不安が無かった訳ではありませんが

始まる前に、前回のグループセッションでも、先生に教えていただいた、

・見えない人も居る,と言うこと

・TVやアニメのように目で見れなくても、判る、感じる、事もある、と言う事

などなど再度教えていただき、ゆっくりと始めてもらいました


空丸さんは個人的に知り合いでもあり、周りに知らない人も居ない環境でしたので、

前回より格段にリラックスして受ける事ができました

そして、絵や画像としては脳裏に見える訳では無いのですが、感覚的「解る、判る」と言う体験をする事が出来ました


この感覚を文章にするのは難しいのですが、

セラピストの質問、例えば服の素材は?周りに見えるものはありますか?と言う言葉に意識を向けることで、確かに解る、解ったんです!


見えなくても解る,と言うのは体験しないと伝わり辛いかもしれません

が、そう言う外から見えたような感覚を裏打ちするかのように、

そこに現れた方と、心の交流をも図ることができたのです

もう、これはホンモノです!

脳裏に浮かんだ方が、私にしか分からない心のしんどかった部分を軽減させてくれたのですから!

まさしく「今」欲しかった助言をいただくことができました


今はその時,確かにお会いした前世の私に感謝しつつ、アドバイスを実行しているところです


空丸さん、この度はお時間を取っていただきありがとうございました♪


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Mさんに必要なものが実にタイムリーに出てきましたね!

こちらこそ、ありがとうございました。