「海に還る 女優・賀原夏子」


劇団NLTの創設者、女優、演出家である賀原夏子さんのことを、養女である塚原純江さんが記したもの。


同じく劇団を守るために賀原さんの養子になった川端槇ニさんの投稿でこの本を知り、読んでみたが内容に覚えがある。


たぶん出版された年に読んでいるのだ。

30年以上前のことであり、私はまだ何も知らない30代だった。


それでも

「壮絶だなぁ」

と思った。


賀原さんが亡くなった年齢(70歳)に近づいた今、読んでみるといろいろ感慨深い。


30年の間に劇団NLTが、どう生きてきたか、どう成長してきたか、ファンとして見ているからである。


賀原さんは1990年にガン告知を受け、8ヶ月後、1991年に亡くなった。

亡くなる1ヶ月前まで「毒薬と老嬢」の舞台に立っていた。


私と同世代の人なら「チャコちゃんのおばあちゃん」と言えばわかるだろう。


劇団NLTは、毎月「30日会」という支持会員と交流するファンサービスイベントを行っていた。


賀原さんはいつもスカーフを頭に巻いて、上品に微笑んでいらした。

こちらはちっぽけな高校生なので口をきくことなどできない。


支持会担当の由起艶子さんや、鵜原にあるNLTの海の家で世話をしてくれた川島一平さん、2017年に舞台の上で倒れて急死した中嶋しゅうさんが、大人の場に紛れ込んだ高校生に気を遣ってくれた。


川端槇ニさんや鷲尾真知子さんは雲の上の存在だった。


木村有里さんが「毛皮のマリー」を歌ったり、クイズがあったり、今、思い出しても胸がワクワクする楽しい会だった。


同じくNLTの創設者であり、1974年に亡くなった青野平義さんにもギリギリ、私はお会いしたことがある。

私がNLTの支持会に入会した時にはご健在だった。


「死ぬのは初めてだからワクワクしている」 

「私は自分の死に、すっかり凝っている」

ここ、原文ではおそらく校正ミスで「疑っている」となっている。


激痛とめまいと吐き気を全力で乗りこなしながら、亡くなる1ヶ月前まで舞台に立っていた賀原さんが、何よりも心にかけていたのが劇団NLTの行末だった。


賀原さんが亡くなってから34年。


賀原さんに会ったことのない、素敵な実力のある俳優たちがわんさかいる。

「劇団NLTですと言えば、それだけで現場の人たちが信用してくれたりする」

と、ある俳優が話してくれたことがある。

立派な老舗の劇団である。


劇団NLT中間生支部も、だんだん賑わってきつつある反面、若くはじけるエネルギーが今のNLTに溢れている。


代表の川端槇ニさんが、どれだけのご苦労で支えてきたのだろうか。


無責任な一ファンでさえ胸が熱くなる。

ただ観ていただけなのに、NLTの存在が誇らしい。