東京の9月は暑い。やりきれない。小林です。
7月末にがつんと下降して、8月半ばは車輪を引きずり、後半は低空飛行、のち若干上昇、今に至る。
励ましも、慰めも、気晴らしも必要だけど、それらよりも共感を得ることがなにゆえ安堵をもたらすのか、わからない。
いい方に考えようとあがいてもどこへもゆけなかった。何も見えなかった。
そんなとき、立ち止まって(ともすれば戻ろうと、あるいは断ち切ろうとしたのかもしれないが…)
「辛いよ」
「そうね、辛いね」
と。
視界が開けた気がした。
共感、だけでは前にすすめないけれど、前に進むための段階としてまず必要なのかもしれない。視界が開けたあと、どういう道を、どう進むべきか、ぼんやりとわかったから。
ただ、とても険しい。
疲れたから終わる。
7月末にがつんと下降して、8月半ばは車輪を引きずり、後半は低空飛行、のち若干上昇、今に至る。
励ましも、慰めも、気晴らしも必要だけど、それらよりも共感を得ることがなにゆえ安堵をもたらすのか、わからない。
いい方に考えようとあがいてもどこへもゆけなかった。何も見えなかった。
そんなとき、立ち止まって(ともすれば戻ろうと、あるいは断ち切ろうとしたのかもしれないが…)
「辛いよ」
「そうね、辛いね」
と。
視界が開けた気がした。
共感、だけでは前にすすめないけれど、前に進むための段階としてまず必要なのかもしれない。視界が開けたあと、どういう道を、どう進むべきか、ぼんやりとわかったから。
ただ、とても険しい。
疲れたから終わる。