昨日寝る前に喉が変で、起きたら本当に変で、イガイガだったので朝、病院に行きました。

東京で病院に行くのは初めてです。

Googleマップ氏によると、徒歩5分以内のところに耳鼻咽喉科があるとのことだったので、そこに行きました。

小さくて綺麗な病院で、月曜といえども混んでもなく、すんなり診察は済み、結果、どこだかが炎症しているとかなんとかでよく分からず「風邪ではないのか」、と訊くと、風邪なんだそうです。

鼻炎だと結局喉もいためやすいということで、鼻炎のお薬も一緒に頂きました。何度も出向くのも億劫なので、結構たくさん出してもらいました。

病名はよくわかりませんでしたけど、そういうところに融通が利くのはとても有難いです。吸入の機械のところで喉終わったら鼻に切り替えろ、と放置されたのにはびっくりしましたけど、それ以外は心にも財布にも優しい病院でした。

帰りが遅かったり課題ができなかったりイライラしたりでなかなか早く眠れないこと。食事が不規則で偏食なこと、いろいろダメです。気をつけます。

明日から新しいバイトが始まるので、軽い風邪でよかったです。
そういえばライブ日記にしようとかなんとかしてたんだっけ、と思いだし。


関係ない話から始めます。私いま、超ダメな生活してます。時間の無駄遣いばかり。でも、思えば去年は働き詰めで院試も卒論も頑張ったからいま良くない?ちょっとくらい良くない?と開き直りもしている。

去年にしても、私としては頑張ったってだけで、絶対的な頑張りでは全くなかったわけですが、学問的な意味で相容れなかった先生から評価を受けたことが今でもとても嬉しい。これからもきっと、ずっと嬉しい。

でもって、それに比べて今は、ということなのです。私は今まで学校の勉強は得意ではなかったし、苦手な教科もいっぱいあったけど、少なくとも座学においてはやってて嫌悪したことはなかったよ。(つまり反語です)

4月、5月は泣いてばかりだった。考えれば考えるほど悲しくて、辛くて、人が嫌いになったし、自分を隠したくなったし、ピ―――――――――― (放送禁止)

幸いこっちに友人もいて、楽しいこともあったけど、それが終わるとやっぱり悲しい、のループ。

辛いぶん、楽しい時はそれを噛み締めることができたのはよかったと思う。


前置き長いな。


そんなわけで、久しぶりに笑いまくりたいと思ったので、17日に5556ライブというお笑いライブにいって参ったのです。お笑いライブって、たまにハズレあるんだけど(何が、とは言わない!)、これは大当たり。個々のネタが面白かっただけでなく、出演者のみなさんに一体感があってとても暖かい(外は暑かったのだが)空間だったのでした!!

やってる人が楽しくて、見てる方も楽しい、みんなが楽しい空間がいいな。どっちかだけじゃ嫌だ。

たくさん笑って、日々の鬱憤を下北沢においてきた、ということ!会場を掃除したときにゴミ処理場に運ばれたでしょう、私の鬱憤!!!


来月も行きます、きっと。

音楽のほうのライブには行けてないなー。




適当なことはTwitterで済ませてしまうのでブログを書きません、めっきり。


中身が軽薄になってしまっているみたいに感じなくもない。


1月までは文章を書く事に関しては卒論に全力投球だったからほかで書く気になれなかったのかもしれない。

とはいえ最近、アナログで日記書いてみてもたいしたものにもならないし、大したことも起こらないし、口を開けば愚痴なんだもん。


やっぱり中身がないみたい。


3月末から東京での生活が始まって、なれたかと言われれば、なれたんだろうけど、落ち着かない。


偏見に辟易するばっかりだなー。


わからないことをわからないと言えないのは、いやだ。
それで知ったかぶっても何にもならないと思うんだけど。


頭のなかの8割くらい、不信感かな、ここのところ。

今日は授業がなかったので上野の東京藝大大学博物館に行って「夏目漱石の美術世界展」を見てきたのだけど、漱石の芸術評論は、「何も感じない」とか書いてたり、ばしばし批判したり、感情移入したりで、自由で、よかった。

考えないのはだめだけど、「わかりません」って正直に言えるのがいいな。わからないことを認めないと、考えるの始まんないじゃない?

わからないこと認めないから偏見にはしる側面があると思う。


とかなんとか。