CODAは昨年上映された音楽家の坂本龍一さんのドキュメンタリー映画。

 

先週、Eテレで初めて見て大きなショックを受けた。

 

アルバム『async』は、映画で作曲の過程を撮影しているが、それらが完成したもの。

 

 

 


坂本さんは、2014年6月下旬に中咽頭がんと診断された。

 

「のどが患部ですからうまく食事ができず、体重が最も多いときよりも10キロ以上減りました。

 

ヒゲや髪の毛も部分的に抜けてしまった。

 

でも治療効果が良好でしたから、集中治療は予定通りで終わり、

 

いまは経過を観察しています。

 

病院では入院せずに治療しました。

 

こんなに大変な仕事をしたら、絶対にガンが再発して死んでしまうかもしれないと覚悟しました」坂本龍一

 


以前から社会への視線が似たような考え方を持っていると思う好きな作曲家だ。

 

映画のはじめのほうで、ロシアの映画監督アンドレイ・タルコフスキーの映画『惑星ソラリス』のあるシーンが出て驚いた。

 

わたしが最も愛するシーンだったからだ。

 


映画では、タルコフスキーへの愛。サントラとバッハのコラールを語る。

 

坂本さんがこれほど彼を愛していることに驚いた。心酔と言っていい。

 

わたしが最も愛するシーンについても同じということに感動していた。

 

 

 

 

電子音楽で流れるバッハのコラール前奏曲(BWV639)オルガン小曲集

"Das Orgelbuchlein" BWV 599-644


「われ汝に呼ばわる、主イエス・キリストよ」"Ich ruf' zu dir, Herr Jesu Christ " BWV 639

 

わたしが『惑星ソラリス』について書いた記事がある。

 

極端に言えば、じぶんの考えていることが実体化されたら人間はどうなるのかという根源的な問いを持った映画だ。

 

 

タルコフスキーについては、2度記事にして他に7つの関連記事を書いている。

 

このブログの最終回は、タルコフスキーについて書くことになるとずっと思っている。

 

初めてこの映画を見たとき、わたしは暫く放心状態だった思う。

 

最も不可思議であり、人間のこころがどのようなものであるかを根底からひっくり返された気がした。

 

それ以来、この曲がずっとこころのなかで流れている。

 

 


映画は、福島へ行き放射線防護服を着て現場を歩く坂本さん。

 

東日本大震災で完全に津波に漬かってしまったピアノを調律しながら弾くシーン。

 

鉛筆で書かれたがんの闘病日記。

 

死を覚悟していたことが語られる。

 

がんになったあとに映画『レヴェナント:蘇えりし者』の作曲ともう一本の邦画の作曲。

 


がんとの闘いは想像を絶するものだったのか。

 

経験がないものには理解ができないものだと思う。

 

当時の作曲は目の前に死が見えたのか。


9.11のツインタワーの光景を現場で見た話。

 

大井原発の再稼動に反対演説を首相官邸で叫ぶ姿。

 

タルコフスキーのポラロイド写真の本。わたしも持っていた。

 

ニューヨークでの『async』のライブ。

 

 

 

 

 


彼はどのような思いをこめてこの「 "andata" (from "async") 」という曲を作ったのか。

 

わたしはハ短調コラールプレリュードと呼ばれていたあの曲を探すのに大変な時間を要した。


andataでパイプオルガンが流れると必ず涙が流れるのはなぜだろう?。

 

 

 

 

 

 

あるいは、バッハのハ短調コラールプレリュードを聴いてどれほど涙したのか。

 

 

タルコフスキーの遺作「サクリファイス」は犠牲という意味だ。

 

人類はなんと核のボタンを押してしまった。

 

しかし、核戦争を防ぐ方法がたったひとつあるというテーマの映画だ。

 

 

バッハのコラールだけではなく、映像との一体感が普通ではない。

 

彼はタルコフスキーの音楽と映像の考え方に高い評価をしている。

 

このアルバムも遺作になるかもしれないと思っていただろう。

 

音宇宙に非常に強い情念と愛を感じる。

 

まさに本人が言う『架空のタルコフスキー映画のサウンドトラック』だ。

 

 

『solari』は惑星ソラリスを連想させる。

 

『life、life』はディビッド・シルビィアンが詩人だった父アルセ二―の詩を朗読している。

 

『あまりに好きすぎて、誰にも聴かせたくない』というアルバムを聴きながら書いている。

 


『3.11の災害から大きな影響を受けたことは確かです。

 

深刻に我々の文明と自然の対立を思わざるをえませんでした。

 

そして、「自然の声」を聴くことを忘れないことを、肝に銘じました。』坂本龍一

 


タルコフスキーはいつごろ自らの肺がんを知ったのだろうか。

 

彼の日記は、2巻目から体調の悪さに苦しむ表現が増えていく。

 


今、坂本さんは世界をどう見ているだろう。

 

彼はタルコフスキーとじぶんを重ね合わせていたのではないか。

 

 

3.11と9.11

 

わたしたちは果たして進化しているのか。

 

知識や科学技術よりも、英知が必要なのではないのか。

 


『CODA』と『async』は繋がっている。

 

是非、『CODA』と『async』を体験して欲しい。

 

坂本さんが死を覚悟して作り上げた素晴らしい作品だと思う。

 

 

わたしは、ブラックアウトを経験して、電気がないと何もできない途方もない無力感を感じた。

 

泊原発が止まっていたせいだというのか。


核のごみを廃棄処理できる施設がないのに、作り続ける人類とはいったいなんなのか。

 

 

わたしたちに残された生き方は。

 

ほんとうは、答えを求められているのだ。

 

これ以上の無責任は許されないと。

 


地球の温暖化が進んで何が起きているのか。

 

きみは台風という形で知っているのじゃないか。

 

もしかすると、地球という惑星は死へ向っているのか?。


その問題と誰が向き合っている?。きみは知っているのか。

 


坂本さんは、考え続けた思想を音楽という表現で意思表示をしている。

 

彼は大きな問いかけをわたしたちに投げつけているような気がした。

 

ひとりひとりが答えを出す番だと。

 


時間には限りがあるのだから。

 

共に、生ある限り、希望を捨てずに。