もし、目の前であの大聖堂が燃え上がるところを見たら、わたしはどうなっていただろう。


悲しみ、呆然か、愕然か、絶望か、人類が作り出した美の結晶の膨大な集まりが、なんと燃え上がり灰に帰してしまうのだ。


そんなことが想像つくだろうか。

 

頭が真っ白になり呆然と見ているのだろうか。


しばらくして、こんなありえない。あるはずがない。あってはいけない。なんとかならないのか。


間に合う手段はないのか。


焦りの気持ちで一杯になってしまうに違いない。

 

 

比較は出来ないけれど、以前、函館の歴史のあるレストラン「五島軒」が火災になり、たまたま居合わせパニック寸前になり知人に電話したことを思い出した。


函館の歴史で絶対に欠かせないものだと思っていたから。

 


シテ島が持つ美しさと、パリの街の歴史が始まったゼロ地点だから、パリの心臓であり、わたしたちの心臓でもある。


これはエッフェル塔や凱旋門は比較にならない。

 

 

ノートルダム大聖堂には、2度行った。

 

プロフィールにもノートルダムが好きと書いている。


2013年6月に記事「パリ・ノートルダム大聖堂への想い」を書き、

他に3回ほど少し書いている。


それほど愛する空間だ。

 

 

2年後に、3回目の訪欧を計画していた。

 

あの美に叶うものはない。

 

映画で有名なのは、レ・ミゼラブルを書いたビクトル・ユーゴーのノートルダム・ド・パリあるいは「ノートルダムの鐘」だろう。

 

わたしは映画でアンソニー・クインがカジモドを演じた作品が忘れられない。


(未だにDVD化されていない傑作のひとつ)

 

 

あの眼がくらむような美しい薔薇窓のステンドグラスは3つのうち2つは大丈夫のようだ。

 

内部構造については、精密なデジタルデータを作成していたひとがいるとのこと。


これはとても大きなことだと思う。

 

 

 

 

 

 

8000本あるパイプオルガンも最悪の事態は免れたようだ。


燃え上がって落下した尖塔にあった風見鶏がそのままの姿で奇跡的に発見された。


パリ人を見守るお守りの存在だった。

 


フランス国民の悲しみはどれほどだろう。


大統領が募金を募るのは、尋常ではないけれど、


この空間は人類の英知の結晶なのだからと確信している。

 

すでに国内で1000億以上の寄付の申し出があり、


世界中から募金の申し込みが殺到しているという。


(日本政府の具体的な動きは知らない。)

 

どんなことがあってもあの美を守りたいという宗教を越えた愛と願いがあるから。

 

マクロン大統領は5年で再建したいと話しているが果たしてどうか。


そうありたいという願いがこもったことばなのだろう。


専門家は数十年という。


これから時間が見えてくるだろう。


気持ちとしては、早く復活してほしい。


修復作業は困難を極めるだろう。

 

いずれにしても、再建させなくてはいけないし、それだけの価値がある偉大な宝石なのだ。


パリ在住の作家、ミュージシャンの辻仁成さんは、現場の状況を刻々と伝えてくれた。


先ほど知ったのは、パリで在日ミュージシャンによるコンサートを計画しているようだ。

 

 

わたしもできる範囲でやろう。


20年なんてきっとかからない。


全英知を結集しよう。

 

 

ノートルダム大聖堂の再建に参加することで、わたしたちの新しい歴史が生まれるだろう。