函館では、ゴールデンウィークの直前に桜がようやく開花し始めた。

 

そのころ、以前からお世話になっている函館の歴史研究者の方から『函館の桜』の歴史についてのお話を聞かせていただいた。

 

初めて知ることも多く、宮沢賢治は函館に一度来たことがあると思っていたが、実は三度で函館公園の夜桜を見て『函館港春夜光景』という詩まで書いているという話を聞いて驚いた。

 

また、函館公園は市民の力で作ったものであり、桜も市民の寄贈によって出来た。

 

五稜郭公園の桜も市民の寄贈によるとの事実を知って、先人たちの偉大さに改めて驚いた。

 

わたしも少しでも函館のお役に立ちたいと改めて思った。

 


毎年、会いに行く元町配水場の桜はスケジュールの都合上、小雨の日に会うことができた。

 

函館山の中腹で、最近になく元気に咲いていたような気がする。

 

わたしのほうは最近、体調があまり思わしくなく、どこかでふわあっと、意識が遠のいていくことがあるかもしれないという不安を感じることがある。

 

根拠はあるようなないような感覚だから難しいけれど、じぶんの身体の声のようなものはあると思う。

 

 

 

 

 

2つの大きな桜は昨年は枝切りをされて、ちょっと可愛そうで弱っているのかと思っていたが、大丈夫のようだ。

 

 

 

 

 


『そう、昨年はちょっと弱っていたけれど、今は大丈夫。それよりあなたのほうが心配ですよ』

 

『そうか、そうかもしれない。もっと気をつけないとね。』と答えた。

 

ありがとう。桜の妖精さん。

 

また、来年きみに逢いに来るよ。

 

それがわたしの生きている証拠だから。

 

まだやらなければならないことがあるからね。

 

 

 

 

 

北の世界で生きていると、桜は春の知らせだ。

 

なによりも危険な冬の世界をよく通り越えられたなという思いが強くなる。

 

自然の厳しさからのしばらくの開放なのだと思う。

 

 

今朝のウォーキング中、近くの小公園で何本かの満開の桜が葉桜になって散っていた。

 

わたしは、時を忘れてベンチに座り、じぶんのからだに降りかかる散り桜を暫く眺め続けていた。

 

なんという贅沢なひとときだったのだろう。

 

妖精さんのこころだろうか。

 

ありがとう。

 

やはり桜が好きでたまらない。

 

日本の究極の美はここにあると思う。

 

それを教えてくれたのは西行だった。

 


そして、ゴールデンウィーク中に読んでいるのは、この2冊。

 

 

 


ドイツ文学者ノヴァーリスの「青い花」と白州正子の「美しいもの」。

 

 「青い花」は編集工学研究所長の松岡正剛さんの格別な紹介文が痺れる。


「この本をまだ読んでいないとしたら、ずいぶんの損をしていたことになります。世界で最も美しい魂の物語であって、最もイメージの源泉を知らしめる物語」

 


 読み始めからノヴァーリスの不思議な美しい世界に入って酔いしれてしまう。

 

白州さんには、名著「西行」がある。


日本文化を知りたい人には、必読だ。名文、美文の人。


なお「十一面観音巡礼」は、美の修行書として必読。


「美しいもの」は白州さんの美に関するエッセイ集。


 「日本の百宝」というエッセイは、仏像や工芸品の美を極めた人の眼力が凝縮していて呆然とする。

 

じぶんの美への愛がまだまだ足りないことを教えていただき、これからどう進めばいいのかを教えてくれる人。

 

 2冊とも、美に関心がある人にお勧め。

 

 

たゆたうように桜を愛でながら、美を堪能していきたい。

 

これからもまた美を愛するために。