一番好きな女性ミュージシャンは、竹内まりや。
女性シンガーで一番好きな曲は、「駅」と決まっている。
聴くと必ず泣いてしまう作品。
愛について書かれた最高傑作だと思う。
これほど情景が浮かんでくる詩はない。
聴いた瞬間に、この世界に入ってしまう。
誰でも駅の中でドラマを感じたことがあるのではないだろうか。
涙したことも。
映画では、「慕情」「ひまわり」等傑作が溢れている。
「ニューシネマパラダイス」もそうだ。忘れられない。
駅は出逢いというより、別れの場になりやすい。
一時的であり、離れる場所だ。
駅のホームで彼女は立ちつくし、
わたしは特急列車の乗降ドアで、話したいことがあるのに言い出せず、
出発の汽笛が鳴りドアが閉まる。
その瞬間にもう二度とと逢えないかもしれない。
ひとことでもじぶんの気持ちを伝えようと想った瞬間にドアが閉まった。
彼女の口が開いたように見えたのは思い違いだったろうか。
まだ付き合ってもいないのに、どうしてこころが苦しくなるんだろう。
若いときにそんな経験をした。
空港では、ゲートに入る直前に彼女の手を離すことになるけれど、それが互いにできない。
ふんぎりがつかないまま、時間が過ぎていく。
まるで手を離すと、それが終わりになるとでもいうように。
振り返らないほうがいいのか。
振り返ると思いが募るのか。
「見覚えのあるレインコート
はやい足取り まぎれもなく
昔愛していた あのひとなのね」
ここでもう、目に涙がたまるのはなぜか。
見覚えのあるレインコート。
あのひとが着ていたもの。
あのひとの温もりを思い出すのか。
まぎれもなくは、間違いという強い気持ち。
別れたはずなのに、想いが残っていることがある。
ほんとうは別れたくなかった。
でも、結局別れた。
色んなことがあった。
どうしてあのとき、絶対に別れないといわなかったのか。
そこに悔いがあるんだと思う。
堂々巡りのようにじぶんに問いかけていたときがあったのか。
それでは言ったら幸せになれたのか。
どの答えが正しいかは、誰にもわからないと思いながら、あのとき出した答えにまだ迷いというか未練があるのか。
未練がないなんてあるんだろうか。
引きずらない愛なんてないだろうと思いながら。
「ひとつとなりの車両に乗り
うつむく横顔 見ていたら
思わず涙 あふれてきそう」
うつむく横顔。彼は幸せではないように見える。
「私だけ愛していたことも」
どんな意味なのか。
彼がわたしだけを愛していたのか
それともわたしだけが彼を愛していたのか。
いろんな捉え方があるので、みなさんの推測に任せよう。
優れた作品は、必ずいろんな解釈ができるようになっているものだ。
「ラッシュの人並にのまれて
消えていく 後ろ姿が」
彼女は彼のことを忘れてはいない。
ほんとうは話しかけたい。でも。
「ありふれた夜がやってくる。」
―ありふれた夜。
彼の姿が見えなくなった瞬間に彼女は日常に戻るのだ。
では、彼を見ていたときは。
何かを変えればよかったのか。
今ではもう遅すぎるのか。
2年の歳月は、いろんなことを変えるものだ。
想いが変わらなくても。
彼女は、彼を突然見かけるが、じぶんからは話しかけようとはしない。
そこに、彼女の<深い時間>を感じる。
彼は幸せには見えない。
でも話しかけてはいけない。
そのこころの動きが見事に表現されている。
もし話しかけたら、どうなるのか。
時計の針があのときに戻るとでもいうのか。
いや、もう終ったこと。
でもやっぱり今の彼が気になっていた。
幸せには見えないのが寂しい。
それでも近くへ行けないじぶんが悔しいのか。
あなたは、別れた人をばったり見かけた経験はないだろうか。
突然、姿を消した相手が目の前に現われたことはないだろうか。
愛したがゆえにこころを引き裂かれたこともあるだろう。
それでも愛することはやめることはできないものだ。
燃え盛るこころは消すことはできない。
人を愛すると信じられないような経験をするものかもしれない。
愛することは、人生のなかで最も大きなこころの出来事だからなのかもしれない。
愛なしの人生はありえない。
愛なしにひとは生きていくことはできない。
たとえ、そのなかに苦悩があったとしても。
愛あればこそ生きることもできるだろう。
「駅」はそのことを教えてくれる。
愛あればこそ。
