昨日、眼が覚めて外を見ると車にうっすらと雪が積もっていた。
まだ降るのかという気持ち。
今日は最低は0度、最高11度の予想。
朝のウォーキングでようやくふきのとうやクロッカスを見始める。
春が始まりつつあるというところだろうか。
ただまだ雪が降る可能性はあるし、夜になると気温もぐっと下がって
ストーブなしではいられない。
気温は上がりそうで上がらないから桜の開花は5月2日は変わらないようだ。
実際にあの桜に会えるのは5月10日ごろだろうか。
待ち遠しい。
今日は、月に一度の診察、主治医から「ようやく下の血圧が下がってきたね。
これはいいね。ただし、絶対に走ってはいけないよ。
不整脈が死を誘発するかもしれないから」と言われた。
自分の現実を踏まえなければならない。
外は美しい空だ。しかし風が強くて寒い。
なぜか左目が痛み続ける。
知人が脳梗塞で倒れた。
わたしは、毎日午後10時過ぎると異常な眠気に襲われてしまう。
季節の変わり目がそうさせているのか。
ドラマ「ごちそうさん」を見ていた。
「あまちゃん」で朝ドラにハマッタせいもある。
素晴らしい後半だった。
新作「花子とアン」は実はあまり期待していなかった。
しかし、花子の家庭の貧しさの表現は、祖父のことで明治を調べているのだけれど、
実際に一日農作業をしていると顔は日焼けして黒くなるのだ。
当時のひとたちの写真はほんとうに黒い。
見事な再現に舌を巻いた。
朝ドラで大丈夫かとも思ったが、ひたむきに生きる姿が胸を打つ。
花子の演技も素晴らしい。
美輪 明宏の「ごきげんよう、さようなら」も気持ちがいい。
何よりも花子が本が好きでたまらないということを気に入っているのかもしれない。
脚本がしっかりしているからだろう。
これからも楽しみだ。
翻訳の仕事に関心を持ったのは、アンドレ・ブルトン集成を読んでからだろう。
12巻まで発巻予定だが、6巻で終ってしまった。
はじめたのは詩人・美術評論家の瀧口修造さん。
弟子の巌谷國士さんも参加している。
シュルレアリスムの詩はイメージを大切にするので言葉の脈絡や繋がりに意味を持たない。
むしろ断ち切るといっていい。
だからフランス語の詩の翻訳としは、もっとも難解だったと思う。
それを成し遂げたのはシュルレアリスムをどうしても日本に紹介したいという強い意思だったと思う。
それはふたりの生涯からもわかる。
シュルレアリスムに関係なく翻訳したひとの言葉を何度か読んだことがあるけれど
気の抜けたビールのように言葉が生きていない。
それは<生>を問う思想だったから。
翻訳は地味だけれど実に大きな役割を果す仕事だと思う。
そして、以前記事にした函館出身の作家佐藤泰志の小説の映画化された「そこのみにて光輝く」が今日函館で先行上映されている。
舞台は函館。
ほとんど観光名所ははずしているらしいから面白そうだ。
主演の綾野剛もこの作品がモントリオール映画祭に正式出品されることが決まったこともあってとても喜んでいると思う。
是非ヒットして欲しい。
夕方の函館ほど美しい場所はない。
毎日夕日が沈む場所で生活していたせいか。
映画『そこのみにて光輝く』予告編
佐藤さんは、高校の先輩でもある。(小説家の辻仁成も同じ)
自ら命を絶ったが、この数年再評価され映画も2本作られている。
故郷の体温をこれほど感じさせてくれる作品もない。
登場人物は本当に呼吸をしている。
ほんとうにふつうで苦しんで笑って泣いて生きている。
佐藤さんは、大空の向こう側から、映画を見終わって感動の涙を流す観客を眺めながら、よかった。ほんとうによかった。
ありがとうと囁いているに違いない。
この映画を作品化させるために、命をかけた映画館シネマアイリスの菅原さんにも感謝したい。
佐藤さん。菅原さん。わたしも見に行きます。
拓児と達夫と千夏に逢うために。
出逢いの作品だから。