19日(土)、前の記事に書いた映画「そこのみにて光輝く」を見てきた。
「なう」にも感想を少し書いた。

正直、これほどまでの傑作だと思わなかったし、反響は日増しに増える一方だ。
見たひとの多くが、ノックアウトされたのだと思う。

当日はミニシアターなので並んで待っていた。

後ろで男性の呟きが聞える。
「実はわたし神戸から来たんですよ。」
「え!。わざわざですか。」
「いやあ、残された人生を楽しみたいですから。」
「母も阪神淡路大震災で・・・」

19日に東京を含め全国公開されたので近くで見れるはずだ。
なぜ函館なのか。

そんなことを思いながら映画が始まった。
原作は読んでいるので、最初はストーリーを比較しているじぶんがいた。

重い雰囲気の中にも、こころにぐっと入ってくる感覚が次々と襲ってくる。

綾野剛の演技は、凄まじいものだった。
じっとしているのに、体から炎が立ち上がっているようだ。
体当たりというか、彼のエネルギーを出し尽くしていだろう。

あの墓の中での瞳に溜めた涙。
彼女の家で見たものへの形相。
彼女から平手打ちをくらったときの表情。

時間がたつにつれ、拓児役の菅田将暉の演技が、とてつもなく印象に残るようになった。

綾野くんはインタビューで話していた。
拓児が幸せになれるような社会になってほしいと。

菅田くんが朝ドラ「ごちそうさん」に出ていたことは後になって気づいたほど拓児になりきっていたのだろう。

あれほどの演技は見たことがない。
映画史に残ると思う。間違いない。

千夏役の池脇千鶴は全てをこの役に賭けたといっていいほど熱いものがあった。

2.3日たつといろいろなシーンがフラッシュバックのように浮かんでくる。

わたしは夢遊病者のように、ラストの十字街交番の前にいたり、
昨日は3人で食事したあの「津軽屋食堂」を眺めていた。

映画を見たのだろう。
真剣に写真を撮っているひとがいた。

そういえば劇場にロケ地マップがおいてあった。
あの神戸から来たひとも、見た後はロケ地を歩いたのだろう。
そんな映画の見方もある。

わたしは地元だけれど、これほど函館の本質を表現してくれた作品を知らない。

GLAYのTERUが大好きな、わたしも愛している美しい穴間海岸の夕焼けが
映っていた。

TERUも公開後、ネットで作品をファンに勧めていた。

ふつうは、市民映画は全国の幾つかのミニシアターで終ってしまう。
でもこの作品は違うようだ。

専門家や見た人たちの評価がとてもいいのだ。
ボディブローのように効いてくる作品かもしれない。

出演者たちの函館訛りも素晴らしかった。
映画館が今も続々と公開を始めている。
公開2日で1万人の客が入った。
立ち見のところまであった。
綾野剛の人気だけではなかった。

監督の作品への執念の強さも大きかったと思う。

音楽の田中拓人さんは札幌出身。
エクゼブティブプロデューサーの前田紘考さんは函館出身。
ふたりとも全国を宣伝に走り回っている。

市民ボランティアや企画制作のシネマアイリスの菅原代表や函館のスタッフ
と映画関係者がみんなで気持ちをひとつにできたから生まれたのだろう。

綾野くんは毎日市場へ行って食事をしたり、居酒屋で毎日飲むことで
函館弁をマスターしようとした。
それが「そんな仕事やめれや!」の台詞になる。

見たひとたちもまさかと思う衝撃を覚えたようだ。
感動とか、号泣ではない。
深く心の底に下りてくる作品。

今もわたしたちのこころに達夫や卓児、そして千夏がいるような気がしてならない。

あの純粋な拓児の行いを誰が責められるというのか。
ラストで達夫は卓児を殴る。
最後に達夫が抱きしめるシーンの涙を誰がおさえられるのか。

行き場所を失ったようでいてもひたむきに光を求め続ける彼らの瞳が、
あの表情がわたしたちの魂を揺さぶるのだろう。

なんらかの賞を取るような気がする。

また、3人に逢いたくなった。

わたしも同じ様な存在かもしれない。

ラストで見えた光を忘れない。

ほんとうに素晴らしい映画に出逢えたことに感謝している。


→「そこのみにて光輝く」公式サイト
URLを貼り付けられなかったので「なう」で紹介しますね。
公式サイトに沢山の情報があります。
毎日、上映する映画館が増えているので関心がある方はチェックしてみてください。
ロケ地マップも面白いです。


多くのひとがまた函館を訪れるだろう。

卓児が自転車で走った場所を。

達夫と千夏が愛しあったあの海と浜辺を。


夕焼けが真っ赤に染めてくれるあの美しい場所を。