書斎の本を断捨離して1年たつだろうか。

 

おおよそ4分の1は無くなった。

 

残った本はどうにも処分が出来にくい愛着のあるものばかり。

 

その中から3冊取り上げよう。

 


まずは①「一休」水上勉。 中公文庫。名著中の名著。

 

一休宗純は<風狂の人>と言われる。

 

破天荒であり、社会の流れを変え、日本文化の歴史を作り、

 

反権力の闘士であり、常に庶民とともにあった僧侶だった。

 

憧れの人といっていい。

 


『一休骸骨』では「そもそもいづれの時か夢のうちにあらざる、いづれの人か骸骨にあらざる云々」


一休入門としても、想像力をかきたててくれる。

 

水上さんも禅の修業をしていたからわかることもあるのだろう。


名文「生まれた時と死ぬ時のじぶんは見ることができない」


一休がカラスの鳴く声を聴いて悟ったとは何のことか。

 

母と離されて、無理やり出家された子供の一休。


晩年の一休に付き添った盲目の森女とは誰か。

 


数年前、京田辺市の酬恩庵一休寺に半日間滞在した。

 

なんというときの流れ。

 

こころは震えるほどうれしく、美しい庭を暫く眺めていると、彼が若いころ

 

悟りをえられなくて、入水自殺しようとしたことを思い出したりしていた。


一休宗純は、いつだってここにいる。


水上さんの「一休を歩く」もいい。

 

柳田聖山の「一休 狂雲集の世界」は破戒僧よりも

 

漢詩の中から真の彼を探そうとした傑作。


②松岡正剛 「外は、良寛」 芸術新聞社。

 

禅僧の良寛が日本最高の書を書くひとであることを松岡さんから教えてもらった。

 

良寛の書「いろは歌」は何度見ても、唖然とするほど力が抜けている。

 

人間技とは思えない。

 

一休の書は<活!>という声が聞えるほど力強い素晴らしい書だがその反対だろう。


良寛といえば、新潟で子供と一緒に手まりをしているシーンが思い起こされる。

 

彼は歌のひとだった。

 


「淡雪の中にたちたる三千大千世界 またその中にあわ雪ぞ降る」

 


こんな涙が出てくるほど深く広く美しい歌を書くひとだ。


もちろん、越後の五号庵で修行を続けるひと。

 

歌の素晴らしさを知ったひとたちが、色んなところから訪れて彼の大きさが国内に広がった。


晩年は貞心尼が付き添っている。

 

彼女も歌人だった。


歌を通して生きることを表現した良寛はいまだ遠いところにいる。

 

まだもう少しだけでも近づきたい。


水上勉さんの「良寛」も彼と格闘した壮絶な作品だ。

 

 

③白州正子 「西行」 新潮文庫。

 

日本文化と美を考えたい人は、この傑作は絶対にはずせない。

 

これほど深く、言葉の真の意味を教えてくれる本はない。


武士だった西行がなぜ出家したのか、吉野桜を愛し続けたこれらの歌が、次第に

 

日本人の美意識の根源のようになっていく。

 

桜ほど日本人が愛する花はないのはなぜか。


彼は<数寄のひと>だった。


「惑ひきて悟り得べくなかりつる 心を知るは心なりけり」


西行の歩いた道を松尾芭蕉が歩いたのはなぜか。


彼が恋した侍賢門院とはどれほど美しい女性だったのだろう。

 

 

「西行は宗教家である前に詩人であり、詩人である前にじぶんの魂の行方をどこまでも

 

追求しようとした<人間>だった。」

 

白州さんが本質を把握していたことを教えてくれる結びの言葉だ。


三人に共通するのは、この点ではないだろうか。


批判されようと、苦しみでのた打ち回ろうと、孤独であろうと

 

最後までじぶんの求める道を追求しようとする生き方に惚れこむのだ。

 

一休・良寛・西行の生き方はいつもわたしのこころから離れない。

 


さあ、じぶんはどうだろうか。

 

生き続けていると、無様なことが沢山起きる。

 

しかし、それが全てはない。


生きているうちにやりたいこと全てができるわけではない。

 

それでも、やろうとしたことをやり続けること。

 

その向こうに何かがきっと見えてくるのだろう。


無駄なものは何もない。


いつだって、誰かが、何かが、じぶんを見守ってくれているだろう。


孤独はじぶんが作り出したこころ。


世界が暗闇に包まれていると思うのも自由だ。

 

しかし、結局じぶんはそれを見てどうしようとするかなのだ。


宮沢賢治は、その答えを出していた。