レオナルド・ダ・ビンチは、女性の美をどう考えていたのか。

 

このことはずっと気になっていたので、少し書いてみたい。

 

彼はあまりに巨大なので、記事にするのは初めてだ。


「ほつれ髪の女」という絵画を見てみよう。

 

 

 

 

彼女の、少しうつむき加減で伏し目がちな表情に、レオナルドが理想とする美しい女性が描かれているとも言われている。

 

伏し目がちで静かな雰囲気を漂わせ、彼女の表情は愁いと慈愛を含んで、深い感慨を思わせる。

 

彼の言葉「女性は慎み深い姿で描かねばならない。顔もうつむき加減にまた少し傾けている」

 

「人間美の中で最も美しい顔が見物人を引き止めるのであって、その豊富な装飾ではない。
頭には髪をして、若々しい顔の回りに、かすかな風と一緒にたわむれさせ、様々なひるがえりによって、これを優雅に飾らしめよ」

 

彼の女性観は、生い立ちと関係があるという説もある。

幼少時に実の母親と別れ、父親の再婚相手の女性に育てられた。

その後、女性と交際の話はあまり聞かず、結婚はしていない。

 

母の愛情を充分に受けられなかったので、理想の女性像を捜し求めたという説だ。

但し、それが彼の人生観にどれほどの影響を与えたのか、よくわからない。

 

本人のことばが見えてこないからだ。

付き合っていたのは男性。

当時は特別なことだったのだろうか。そうとも言えないだろう。

 

わたしは、その生い立ちは関係はあるかもしれないが、作品に見える女性達の美しさと直接繋がるわけではないと思う。

女性が理想化されているとは感じない。そうではないのだ。

 

ルネサンスは、人間を表現できるようになったことで、今までのマリア像をルネサンスは

人間(女性そのもの)に置き換え、より生き生きとした表情が表現できるようになった。

 

髪は結わずに、自然に乱れたままで、派手な衣服や宝飾品も見られない。

レオナルドは言う。「人間のさまざまな美のうち、道ゆく人をも引き止めるのは、沢山の装飾品ではなく、美しい容貌だということを君は知らないのであろうか?。」と。

 

「私は君に言っておこう、金またはその他金ぴかのもので君の人物を飾るがいいと。君はきらめくような青春の美が凝りすぎた装飾のため、その長所が損なわれているのを見ないのか?
君は粗野で貧しい布をまとった山の娘が、飾りめかした女より優れた美しさを身に着けているのを見たことがないのか?」(絵画論)

 

これらの言葉が、彼の女性の美に関する見解なのだろう。


装飾を排して、自然の美そのものを描くこと。

 

その美の結晶が、この作品なのだろう。

 

 

「聖アンナと聖母子」

 

褐色の色紙に木炭、白色のハイライト。
この絵は、マリアの表情がとても優れている。


レオナルドの女性の表情の極地というひともいる。


以前、大型のポスターを買ったので額に入れて飾っている。

 

 

 

「岩窟の聖母」のマリアもたまらなく美しいと思う。

 

 


 

レオナルドの描く女性は、宗教画と肖像画があるが、恥じらいのようなものが見えながら
知的なものを感じる。

 

知的な点については、塩野七生さんの「ルネサンスの女たち」に詳しい。

 

 

レオナルドの言葉
「女性を描くには、慎み深い姿態をとらせねばならない。両脚はぴったりと合わせ、両腕をつけ顔はうつむきかげんに、かつ、斜めに傾ける」

 

どのような表情やポーズがもっとも美しいかについては、彼の人間の表情を描いた大量のデッサンが証明している。


徹底した研究の成果だと思う。筋肉の動きまで調べているほどだ。


時代が求めていた表情も関係していただろう。


絵画と人間を徹底的に探求してあらゆる角度から人間を見つめデッサンをしていただろう。


科学的に、客観的に。どの角度が一番美しく見えるかも。

 

もちろん、美だけを表現したわけではない。

 

 

それでは、彼はどのように女性のこころの美しさを表現しようとしたのか。


レオナルドは、そこまで考えていたはずだ。

 

 

わたしはヒントのひとつは瞳の表情が素晴らしいと思う。

 

そして口元のライン。微笑みと言われるラインだ。

 

 

アジア・日本では、ガンダーラや、菩薩半跏思惟像と共通するものを感じる。


以前パリのギメー博物館で多くのガンダーラの仏像を見て、あの微笑みの美しさに驚いたことがある。

 

 

 

微笑みは人間しかない。そこに鍵があるのかもしれない。

 

 

 

ダ・ビンチは、こう囁いているのではないか。


「確かに、わたしは美について、膨大なデッサンや手記を書いている。


しかし一番肝心なことは書いていないのだよ。


きみたちは知っているだろう、わたしは裏返しの言葉を書いたこともある。


謎?。そんなものはない。それはわたしの絵を見ればわかるだろう。


わたしは、全てを絵に捧げてきたのだ。絵の中に全てがある。」

 

 

彼の描いた女性は、多くの美の価値基準になったのかもしれない。

 

美は全ての女性の中にある。

 

彼は、その全体を表現したのだ。

 

絵画の中に、特に愛を表す微笑みのなかに。

 

あとはわたしたちが、それを感じることだ。

 

 

美の本質をじっくりと堪能しよう。

 

あなたの愛も見えるはずだから。