わたしたちの世界は大きく変わろうとしている。

 

先日、TBSテレビの『情熱大陸』で今年の東京大学入学式で、東京大学名誉教授で、社会学者の上野千鶴子さんのスピーチが大きな話題になった。


その上野さんの特集だった。

 

 

 

 

『あなたたちのがんばりを、どうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでください。

恵まれた環境と恵まれた能力 とを、恵まれないひとびとを貶めるためにではなく、 そういうひとびとを助けるために使ってください。そして強がらず、自分の弱さを認め、支えあって生きてください。女性学を学んだのはフェミニズムという女性運動ですが、フェミ二ズムはけっして

女も男のようにふるまいたいとか、弱者が強者になりたいという思想ではありません。フェミニズムは弱者が弱者のままで尊重されることを求める思想です。』

 

この上野さんのスピーチの内容を知ったとき、正直驚きを覚え、また内容の素晴らしさと、それに対する社会の高い評価、何より彼女にスピーチを勧めた東京大学の関係者にほんとうに感謝の気持ちを抱いた。


やってくれたな!。

 


ある意味権力の中枢の立場にいるひとが多いだけに、国家的な流れに棹差すものは排除しようとするかもしれない。


歴史的には、安田講堂攻防戦がそうだった。(今、安田講堂は卒業式でも使われている)


大学が上野さんを応援しているといって差し支えないだろう。


もちろん、反対の意見もあったようだ。


まだまだ女性の入学を含めた差別は後を絶たない。


最近は、東京医大による入学の女性差別があった。


このスピーチは、そういう意味でも画期的だったと思う。

 

 

上野さんを知ったのは、思想家の吉本隆明の本での対談等だったと思う。


さすがの吉本さんもフェミニズムの闘士が全力でぶつかってくると疲れてしまっている感じがあったが、吉本さんは上野さんがアメリカで、

本格的に学んだ本物だとわかっていた。

 

そして上野さんは吉本さんが亡くなって全集を発行したときに、推薦の言葉として、歴史に残る感動的な名文を書いた。

 

 

『吉本隆明は戦後日本最大の、そして空前絶後の思想家である。


「空前絶後」というのは、吉本の前に吉本はなく、吉本のあとに吉本はいない、という意味である。


彼は戦後の反体制運動のなかで扇動者の役割を果たしたり時局発言をしたりしたが、また大衆消費社会に迎合したとも言われたが、そういうふるまいの瑕疵はかれの業績を傷つけない。


というのも、彼ほどラディカルに───根底的に、という意味だ───言語について、国家について、共同体について、家族について、性愛について、心的現象について、信仰についてかんがえた者がほかにいただろうか?


「理論不毛の地」と言われたこの国で、どんな外来の思想にも頼らず、

徒手空拳で自前のことばで考えぬいた。

 

「ぼくがたふれたらひとつの直接性がたふれる」という自負がなければ、これらのしごとはなしえなかっただろう。』

 

 

上野さんは70歳だが、年齢を感じさせない。実にエネルギッシュだ。


いつまでも闘士でいるだろう。

 

これからも行動に注目していきたい。

 

道のりは遠くとも、女性解放への闘いは少しずつ前進していることは確かだ。

 

現政権は、女性を大切にしていると聞くが、労働賃金および待遇の男女格差、パワハラ・セクハラ・性暴力の問題をどうしようとしているのか。

 

じぶんの国会議員の女性比率を海外と比較してほしい。


働く女性が増えたが、非正規雇用と正規雇用の割合はどうか。


男女の賃金格差はどうなのか。

 

彼らは、野党も含めて、選挙のときだけ女性票が欲しくてリップサービスをしていないか、よくみよう。

 

司法の世界も変化している。


最近は、なぜハイヒールなのかという活動も始まっている。

 

女性差別を無くすために一歩ずつできるように応援していきたい。

 


最後に、明日は七夕ですね。

 

みなさんの願いが叶いますように。

 


いらぬ、騒ぎを起こそうとする権力者たちが静かになりますように。

 

世界が平和になりますように。