この本を読んであらためて、美しいものってなんだろうと思った。
白州さんは、代表作「西行」で、西行が歩いた土地を振り返るように歩いている。
この本で書かれている仏像(日本中の傑作と言われる仏像は徹底して歩いてみている)
について、じぶんは素人だから、その場で仏像を見ることが大切だという。
文化人類学のフィールドワークのように徹底した現場主義は常人を越えた美への愛情だろう。
奈良、飛鳥時代の有名な場所はしらみつぶしに歩いているのがわかる。
現場に行かなければ書けない言葉がある。
仏像が置れている部屋。その寺。取り巻く森、谷や山々。地域とその歴史。
雰囲気はそこでしかわからない。
北海道で生まれ育ったわたしには、日本の歴史から生まれた美しいものは、遠いものに感じることが多い。
本を読んで感じた正倉院の美術品のこと。
行ったことがないので、リアリティがわかない。
憬れもあるが、北海道には伝わらなかったものが多々あると最近感じることが増えてきた。
この数年、北海道の歴史を少しずつ学んでいる。
関係者から証言を聞くこともある。先日もお会いしてきた。
明治になり、北前船で北陸や東北から入植したひとたちには、北国の冬は厳しすぎたのだろう。
米が育たない状況で想像を絶する生活が始まった。
京都等の豊かな生活文化は入る余地がなかった。
彼らは、身体を寄せ合って助け合うことでギリギリ生き延びてきた。
凍死したひとも本州へ逃げたものも沢山いただろう。
ドラマ「なつぞら」は、朝ドラ用の暖かい脚本だった。
着ている物をみて、あれが北海道だろうかと思った。
嵐の松本潤が松浦武四郎を演じたドラマ「永遠のニシパ」は内容はともかく、アイヌの人たちの生活と実態。そして武四郎のアイヌへの愛を少しでも伝えてくれた意義は大きかったと思う。
北海道には、茶室や石庭というものはなかった。
米ができないという点と長期間、凍りつく冬のなかで食べ物を含め、
いかに生き延びるかというところからはじまった。
経済的な問題と自然が、他のことを阻んだ。
能舞台というものはないので、能や狂言、歌舞伎は殆ど見たことがない。
歌舞伎が大好きな友人が、狂言を招待してくれたことがあるほどだ。
琳派(宗達、光悦、光琳)の作品はまともに見たことがない。
この寂しさは決してひとにはわからない。
この地では、寺はあっても歴史に残るものはほとんど作られていない。
明治以降に作られた仏像の傑作は聞いたことがない。
明治の神仏分離と廃仏毀釈も影響があるのだろう。
ただ京都生まれの松岡正剛さんに出会い、日本について深く教えていただいた。
ようやく数年前に京都にも行くことができた。
未だにほとんどの傑作には触れていないこともこの本で知った。
白州さんに嫉妬すら感じた。
悩んでも仕方がないことがある。
北海道で「美しいもの」を作り出すためには、かなりの時間を要しただろう。
「白州さんの写真」
本題に戻ろう。
この本には名文が溢れている。
例えばこの文。
『あまり目に付かない所にこころを用いるのが、日本の床しい伝統である』 縫箔
『高価なものは、お金さえあれば手に入るが、安物の場合は自分の目だけが頼り。値段がないと同様、美しいものには時代がない。』
『人は己が恋心を草木に託し、美しい乙女を花の蕾にたとえた。』
『さしこんで来るほのかな光のなかに、浮かび出た観音の姿を私は忘れることができない。
それは今この世に生まれ出たという感じに、揺らめきながら現われたのであった。
その後何回も見ているのに、あの感動は二度と味わえない。
世の中にこんな美しいものがあるのかと、私はただ茫然と見とれていた。』聖林寺から観音寺へ
『花ははかないものであるから、器に入れたその瞬間が命である。』花と器
『過去のさまざまの体験の積み重ねの上に、今の自分は成り立っているのだから、「初心」を忘れるとき、自分の立っている土台は忽ち崩れるであろう。人生はだから二度と繰り返すことはできない。「初心」とは還るところではなく、常に我とともにある。そのことを忘れるな。と世阿弥は言ったのである。』世阿弥の書を見つつ
こころに響いた文章のほんの一部を引用させていただいた。
まだまだたくさんの、繰り返し感じたいことばがある。
是非読んでほしい。
白州さんのことばは本当に深く届いていく。
これから、いくつの「美しいもの」に出会えるだろうか。
白州さんが選んだ「日本の百宝」にはないが、長谷川等伯の「松林図屏風」だけは見に行きたいと思っている。
ほんとうにみたいものはあるが、時間も含め限られている。
作品は、東京国立博物館にあるが、常設展示ではなく、国宝のため
一年間に十日間のみの公開のようだ。
まだ時間がかかりそうだが、あきらめてはいけないと思う。
最近、じぶんにとっての『ほんとう』とは何かを見つめなおしている。
それはじぶんを見つめなおすことだから。
美を見るこころ。美を知るこころ。美を感じるこころ。
美はこころのなかにもあるはずだ。

