とうとう彼のことを書くようになってきたのかという感慨がある。
彼こそ、悲劇の主人公というべきなのだ。
時代に引き裂かれた作家なのだ。
日本では知られていないと思う。
なぜわたしが彼を紹介しようとするのか。
わたしのこころからいつまでも離れない存在のひとりだから。
さまざまなシュルレアリスム関係の文章の中に、彼の行動や言葉が綴られている。
彼は、アンドレ・ブルトンをリーダーとしたシュルレアリストとして大きな働きをしたことを伝えていきたいから。
彼の瞳は夢を叶えようする人間のものだと思う。
決して忘れることができないし、忘れてはいけない。
ルネ・クレヴェルは1900年生まれ。
ロシア革命は1917年。ここから世界史の大変動が始まる。
ブルトンがシュルレアリスム運動をパリで開始したのは、1924年。
既にブルトンと交流があった、クレヴェルは参加している。
第一次大戦が終ったが、ヨーロッパにはロシア革命の影響はとてつもなく大きかった。
ブルトンたちシュルレアリストは、フランス共産党へ1927年に入党する。
彼らは、社会革命も求めていたからだ。
ヒトラーは、1933年 ドイツの首相となる。
ドイツ侵攻によるパリ陥落は1940年。
まさに大激動の時代であり、多くのひとが翻弄された。
党は、精神の自由と人間の解放を求めるシュルレアリストたちと衝突し始める。
今考えれば当然のこと。
フランス共産党は、当時スターリン主義だった。
プロレタリアート独裁という概念で労働者の働く姿こそが芸術として受け入れられた。
どのような絵画も文章も労働者が中心でなければならない。
それは社会主義レアリスムと言われた。
今、それを評価するものがいるだろうか。
ごく一部の社会主義国家のみだ。
抽象絵画は否定された。
自由よりも平等という概念が主役になった。
シュルレアリスムは共産主義は否定していない。
人間を解放することのなかに、共産主義という思想も含まれていた。
ブルトンはメキシコに亡命していたトロツキーとも会って、ふたりは「独立革命芸術のために」という宣言まで出している。
トロツキーはその後1940年に暗殺されている。
彼らは次第に疎んじられ、党から排除されそうになっていく。
ルネ・クレヴェルはシュルレアリストとして27年共産党へ入党し、仲裁のような行動を始める。
35年にパリで開催される「文化防衛のための国際作家会議」にシュルレアリストが出席できるようにするために奔走する。
しかし、その努力はうまくいかなかった。
ブルトンとソビエトの代表団のイリヤ・エレンブルグの間で口論となり、ブルトンたちは会議の出席を拒否されてしまう。
板挟みの状態になってしまったクルヴェルは絶望的になって、
結核の再発を知らされたこともあったのか、睡眠薬を飲みガス自殺をした。
享年34歳。若すぎた。
彼にとっても、シュルレアリスムと共産主義がうまく組み合うことができれば真の社会革命になるのではないかという夢があったのだと思う。
シュルレアリストたちもだ。
その後、シュルレアリストたちは、2つに分裂する。
シュルレアリスムグループを離脱し、共産党に入党したものたち。
詩人ポール・エリュアール、トリスタン・ツァラ、ルイ・アラゴンたち。
彼らは政治的人間になったのかもしれない。
以後シュルレアリストたちを攻撃する立場になる。
ブルトンたちは、党を脱退しシュルレアリストとして活動を続けた。
その後ドイツはフランスに侵攻し、共産党は地下に潜りレジスタンスとして活動を続けた。
戦後、国民はレジスタンスを英雄のように評価した。
彼らは社会主義レアリズムの表現の世界に移っていた。
ここには、自由な表現などあるはずもない。
何かに魂を売ったのだろうか。作家の魂などあろうはずもない。
ブルトンたちを含むシュルレアリストたちの一部は、戦時中アメリカへ亡命した。
戦後、フランスに戻るが国民からは冷ややかな態度で見られたと思う。
今、この時間を振り返ると何が見えるのだろう。
それでもシュルレアリスムは戦後若い詩人や画家たちが多くブルトンのもとに集ってきた。
新しい世代だ。特に女性が多かったと思う。
ブルトンは1966年に亡くなった。
グループは強力な指導者を失い、残念だが後継者が見当たらず1968年に解散することになった。
共産主義の理想は果たされたのか。
スターリンは何を行ったのか。
マルクスが全て間違っていたわけでもないだろう。
しかし既存のマルクス主義は、もう前進することはできない。
最近、またマルクスが読まれているようだ。素直にうれしい。
今の資本主義がどうにも行き詰っているとしか思えないから。
ビットコインが世界を幸福にするのだろうか。
そうは思えない。
わたしたちは、あらためてブルトンが目指したようにあらたな生と社会のビジョンを持つべきなのかもしれない。
今は見つかっていない。
ルネ・クレヴェルは人生をかけて、人間の自由と社会の革命の融合によって大きな問題が解決されるだろうと信じて奔走したのだ。
その思いを忘れないようにしたい。
わたしたちが貧困から本来の意味で脱出し、人権が守られ、差別もなく
表現の自由があり、歩きたい道を歩ける社会になるまでそれは目指すべきなのだ。
さきほど、ニュースで知った。
モンパルナス墓地にあるシュルレアリストのマン・レイの墓地に飾られている彼の写真が破壊されていた。
しかし、写真の彼の目はしっかりとこちらを見ていた。
闘いは続いている。
決して諦めず。
作家ルネ・クレヴェルのために。

