この数日の函館は、猛吹雪に襲われていた。

 

昨日は、雪かきは5回した。

 

強風で前が見えなくなるホワイトアウトにも襲われた。

 

生きていられてよかったと思う。

 

これからは、なんとか山も越えそうだ。

 

 

さて、本題へ戻ろう。

 

今回、この本が出たことで以前歩くことができなかった場所がわかったので歩きたいと思う。

 

少しずつ、行きたい場所を考えていたので、大変参考になった。

 

 

例えばアンドレ・ブルトン通りが出来たと聞いたが、どこにあるのか。

 

ブルトンとナジャは、どこをどう歩いたのか。

 

地図でコースになっている。

 

 

そして、詩の分野では最後までブルトンと共にいたバンジャマン・ペレ。

 

自殺したルネ・クレヴェル。

 

共産党へ転向したポール・エリュアールやルイ・アラゴンたちが集っていたカフェに行けるか。

 

 

 


 

 

「3本のマッチ」のジャック・プレヴェール。


一度はブルトンと決別し再びブルトンとの関係を戻した劇作家のアントナン・アルトー。

 

ブルトンたちを裏切って除名されたサルバトーレ・ダリ。

 

マン・レイとマルセル・デュシャン

 

レオノール・フィニとドロテア・タニング

 

ルネ・マグリッドとポール・デルヴォー

 

アルベルト・ジャコメッティやジョアン・ミロ

 

小説では、アンドレ・ピエール・ド・マンディアルグ

 

多くのシュルレアリストたちが彼のもとに集っていたのだ。

 

 

 

 

 


 

 

 

「私の人生にその驚くべき迂回路の数々を明かしてくれるにちがいない街路こそは、そのさまざまな不安、そのさまざまな眼差しをたたえている街路こそは、まさしく私の本領であった。

 

他のどんな場所でもない。まさにこの街路において、私は偶発的なものの息づかいに触れていたのである。」

 

 

「モロー美術館で、女性の様々な顔やポーズを通して、私は美と愛の天啓を得た。

 

私はいつもここに侵入して、闇の中に潜むグリフォンの妖精にランプで灯りを照らしだし、驚かせることを夢みていた。」

 

 

「さしあたって、パリではきっと私に出会えるものと思っていい。」 アンドレ・ブルトン

 

 

この本には、特別に日本ではあまり知られていない詩人ロベール・デスノス(以前記事にしている)の生涯を追い続けた松本さんの労作がある。

 

デスノスとパリの関係は特別なものだ。

 

 

どうしても愛するユキへのことばを紹介しておきたい。

 

 

「君への僕の愛には、永遠という観念が結びついている。いや、君は通りすがりの女でもなく、また、冒険家の先に立って欲望の迷宮のなかを導いてくれる不可思議な水先案内でもない。君は僕のために、情熱の国そのものの扉を開けてくれた。

 

君は通りすがりの女ではなく、永遠の恋人だ。

このことは君の意思とは関係がない。

君と出会うことによって啓示される情熱の、あの辛く哀しい喜び。

僕は苦しむ。だが、その苦しみは僕にとってかけがえのないもの」

 

「自由か愛か!」ロベール・デスノス

 


デスノスは、アンドレ・ブルトンのことを話しながら収容所で息を引き取る。

 

 

第二次大戦前後、共産主義やファシズムとの闘いのなかでメンバーの離脱、除名、自殺、亡命等の出来事があった。

 

 

わたしは、それらの場所でまた思い出すのだ。

 

 

ブルトンは亡くなったあとに、書斎が残された。

 

しかし2003年に娘のオーブがなんと全ての絵画や書物、オブジェ等を競売に出してしまった。

 

シュルレアリストたちの貴重な作品があったのに。

 

当時は世界中で大騒ぎになった。

 

もうあの書斎にはいけない。

 

 

 


ただ、一部はポンピドーセンターにある。 

 

人生にはそんなこともあるのだろう。

 

 

それでもわたしたちの信念は変わらない。

 

もうこれだけは果たさなければならないのだ。

 

「詩と自由そして愛」

 

その精神を教えてくれた人々への感謝を感じながら、その精神を伝えることを。

 

 

書き続けよう。

 

ブルトンのために。

 

 

また行こう、あのパリへ!。