フィンセント・ファン・ゴッホ
彼の絵や生涯については、様々に紹介されているので詳細は書かない。
わたしの思い出としては、黒澤明の映画『夢』の一遍にゴッホが出てくる。
日本の隠れキリシタンを描いた映画「沈黙―サイレンス」の監督のマーティン・スコセッシがゴッホ役で出演していた。
黒澤さんは、画家になりたかった。
そしてゴッホがほんとうに好きだったと感じてうれしかった。
画家に憬れていたわたしの父もゴッホが好きだった。
わたしにとっても、ずっと気になっているひとだ。
よくわからないのは、なぜ耳を切ったのか。
なぜゴーギャンとうまくいかなかったのか。
浮世絵が大好きだったが、どのように見ていたのか。
弟のテオはなぜあんなにゴッホに優しかったのか。
どうして彼の作品は生前殆ど売れず、死後に売れたのか。
最近ゴッホに新たに恋人がいたという説があるが、本当なのか。
同棲した経験はあるようだし、複数の女性に交際を求めたらしい。
結果的にはうまくいかなかったようだが。
ゴッホはどのような思いで息を引き取ったのか。
もうわかっていることもあるだろう。
ただわたしのこころのなかで納得がいかないこともある。
彼は病気だった。但し、病名もてんかんや統合失調症ではないかとの説はあるが、特定はされていない。
昨年は、未見だが映画『ゴッホ―最期の手紙』が公開された。
自殺だったのかという謎に迫っている。
今月は、ゴッホの映画がアートオンスクリーンでも上映されている。
またニューヨーク映画祭でクロージングナイト作品に選ばれた話題作
映画「アット・エターニティーズ・ゲート」がアメリカで公開されたばかりだ。
精神病院で療養中のゴッホを描いた作品。
ゴッホの話題は終らない。
今週、テレビ東京の「美の巨人たち」でも彼の部屋の絵の解読作業をしていた。
今もゴッホの墓のとなりには、弟テオが彼を守るように眠っているだろう。
兄さん、もういいんだ。疲れたろうね。
ずっと寂しくなかったかい。
僕がずっとそばにいるからね。
そうささやくテオの声が聞こえるような気がする。
テオは生き方の下手な兄ゴッホを生涯支えていた。
こころから愛していたんだろう。
ゴッホは救われたのか。
ひとはなぜ彼の絵を見てひきつけられるのか。
わたしは最初、印象派の画家として知ったけれど、以前パリに行ったときに絵をじっくり見ることができた。
絵がうまいというより、なにか向こう側から迫ってくるものがあるのだ
彼が魂をこめて描いたからではないのか。
これしかないし、これほどこころをこめて描くことは普通はできないのか。
その絵に対する情熱と愛にわたしたちは惹かれるのだ。
彼のこころで見えた世界に惹きつけられるのかもしれない。
あの教会の青。
あの太陽の光や月。
夜の青い空と星達。
「星月夜」
何度見ても引き込まれていく。
あの青は彼にしか出せない。
星の光。
傑作だと思う。素晴らしい絵だ。
彼にしか描けない。
一番大切なのは、こころだと教えてくれた。
もう一度彼の絵を見てみよう。
その人間のこころの絵を。
彼の絵は、じぶんのこころの映し鏡なのかもしれない。
わたしたちは、彼の<無垢なこころ>に感動しているのか。
ゴッホの本質を知るには、やはり彼のことばからはじめるほうがいい。
「美しい景色を探すな。景色の中に美しいものを見つけるんだ。」
「愛は永久不滅なもの。姿かたちを変えることはあるが、本質は決して変わらない。」
これが彼なのだ。
美と愛の本質を知っているからこそ、彼の作品は永久不滅なのかもしれない。
これからも愛されるだろう。
きっと。


