ずっとあなたのことが書けませんでした。
何度も途中まで書いて、前へ進むことができなかった。
音楽の力を教えてくれたあなた。
このひとの魅力をどう表現したらいいのかわからなかった。
現代音楽の世界的な作曲家(1930~1996)
「ノベンバーステップス」が有名だ。
邦楽の琵琶・尺八を生かし切った作品に世界が度肝を抜かれた。
【世界のタケミツ】と言われる。
音楽大学等のアカデミックな教育は受けていない。独学だ。
彼の音楽の魅力を言葉で説明する力をわたしは持っていない。
人間が持つどうにもならない<宿業>のようなものを表現できた天才ではないか。
そうとしか思えない。
人間のこころをもっとも深いところまで降りて、それを音にして魂を揺さぶった作曲家ではないのか。どうして、このような音を作り出すことができたのか。
わたしには謎のままだ。
出会いは、NHKのドラマ「血族」の音楽だった。
わたしは音楽が好きだが、ドラマの曲を聴きながら魂が震え上がるような感覚を生まれて初めて知った。
ドラマ「血族」は人間の宿業というものを描いた最高傑作だと思う。
主人公がふとしたことから<両親の秘密>を知ったことから物語は始まる。
それは決して知ってはいけないことだった。
いくつかのシーンで流れる曲に、全身に鳥肌が立ったことを忘れることができない。
原作・脚本・演出がいくら素晴らしくても、それだけではすまないことがある。
それだけ音楽の力が大きかった。
あの音が極北までわたしを連れて行ったような気がした。
原作*山口瞳 脚本*早坂暁
実話であることが一層ショックだった。
それが出会いだった。
武満さんの関係者を紹介する形で彼の姿が見えるかもしれない。
・詩人 瀧口修造
武満さんの師。
・瀧口修造はシュルレアリスムの詩人であり、この思想を日本に広めようとして戦時中に
特高に逮捕され思想犯として長く留置された。
瀧口さんは、戦後美術評論家となり「実験工房」というグループを作る。
実験工房は、1951年から57年瀧口さんを中心に美術家、作曲家、批評家、振付師、
詩人のメンバーのグループ。
武満徹、湯浅譲二、山口勝弘、駒井哲郎ら14人から成る。
実験工房以外の多くの若いアーティストも瀧口さんに評価され成長していった。
現代アートの土台は瀧口さんが作ったと言っても過言ではないと思う。
武満さんは、瀧口さんの弟子となった。
瀧口さんの詩をテーマにした作品を作っている。
武満さんは詩を愛していた。
瀧口さんが亡くなった際、「遮られない休息」という曲を作っている。
この題名は瀧口さんの詩集「妖精の距離」から取っている。
わたしのブログの名前もここから来ている。
今回記事を書く際、再度調べていたら瀧口さんは本気で武満さんが20歳のころ
養子にしようと考えていたと初めて知った。
ふたりの繋がりは想像以上に深い。
これだけで一冊の本になる。
【瀧口修造の存在なくして、作曲家としてのわたしはなかっただろう】 武満徹
・ロシアの映画監督 アンドレイ・タルコフスキー
武満さんは、映画が大好きで年300本見ていたときもあったらしい。
中でもタルコフスキーが大好きだった。
タルコフスキーが亡くなった際、「ノスタルジア~アンドレイ・タルコフスキーの追憶に
(1987)」という作品まで作っている。
彼へのオマージュだ。
タルコフスキーの父も詩人だった。
【音楽という芸術が、言葉では説明できない、あるいは、言葉では補えないような思想感情
を表そうとしているものだとすれば、タルコフスキーも、映画という方法を通してそのことをいつも追求しているんだと思うんです。】 武満徹
タルコフスキーの遺作の「サクリファイス」では尺八の音が聞こえ、主人公は着物まで着ている。彼は黒澤明監督を尊敬していた。日本を愛していた。
・黒澤明監督
映画「乱」は、武満さんが作った映画音楽・テレビドラマの数十本中でも傑作といわれている。
鬼気迫る音のうねりを感じて総毛立つ。
シェークスピアの「リア王」のように、家族殺しがテーマだ。
ここでも人間の業を音楽に出来たのは武満さんと「砂の器」の音楽の芥川也寸志さんくらいではないか。
・早坂暁 テレビドラマ脚本家・小説家
代表作は血族・事件・夢千代日記・華へんろ
早坂さんは、原爆が落ちた直後の広島をこの眼で見たひとだ。
世界で最も凄惨な地獄という言葉で言いあわらせないものを見た人が脚本家になったのだ。
その人が人間のドラマを描くとどうなるのか。
早坂さんはそれを自覚していた。覚悟していた。
その体験を真正面からドラマに描いた。
「夢千代」が原爆症だったことを忘れてはいけない。
早坂さんについては、あらためて記事にするつもりだ。
このわたしが尊敬する4人と深く繋がっているひとは武満さんしかいない。
そのことが彼の大きさを表していると思う。
瀧口さんはわたしの師。
タルコフスキーと黒澤明はもっとも愛する映画監督。
早坂さんは最高の脚本家。
この4人が共通しているだけでうれしい。
ほんとうに美しい調べを聴かせてくれる。
武満さんの作品から1曲だけ紹介するとしたら何がいいのか考え続けていたが答えがでない。あえて言えばこの「波の盆」という曲はとても穏やかで優しくこころの底に染込んでいく。
この人は、人間のこころのひだを音楽にできる奇跡のような作曲家だと思う。
「ぼくは吃りでした。吃りというのは言いたいことがいっぱいあるということで、想像力に発音が
追いつかない。発音がおいつかなくとも、でもぼくはしゃべっているのです。このとんでもない「ずれ」はいつまでもぼくのどこかを残響させ、それがそのまま作曲に流れ込んでいったように思います。」
「この世界を、もうどうしようもなくなっているのに、やはり肯定したい気持ちにさせられる。
あきらめと希望が同居し、明るさと悲しみが一緒くたなのに、私は明日のことを考えている。」
武満徹。
武満さんが、もしいまのせかいを見て、作曲したらどんな音楽が生まれるのだろう。
それはわたしたちが作り出したものから生まれるのだ。
果たしてそれは美しい調べなのか。それとも。
いずれにしても、武満さんはその両方を描くだろう。
このせかいには、いまだに醜悪なものもあれば、真紅の美しい薔薇を愛するこころも存在するのだから。





