昨日、函館山中腹にある2本の百年桜に会ってきた。

 

今年は厳しい冬が終ったと思ったら、平年より温かい気温に恵まれて、

 

例年より早い4月26日に開花した。

 

市街地の桜は30日には満開になっているところもあった。

 


いつもの元町配水場の桜は、どのくらい咲いているのか気になって仕方がない。

 

行けるタイミングは限られている。

 

いつも気がせいてしまって5分咲き頃に駆けつけしまうのだ。

 

まるで一年ぶりのデートのように。

 


ここには車では行けない。

 

歩くことでしか見ることができない秘密の花園だから。

 

 

 


ここが入り口。ここから登っていく。

 

 

今年は辛抱した。

 

良くない天候とは知りつつも、朝小雨が降ったりしたけれど、

 

頂上に着いてみると見事な満開だった。

 

 

なんという美しさだろう。

 

とにかく、一番美しいときに出逢えたのだ。

 

やはり、抱きしめたくなる。

 

ほんとうに綺麗だね。

 

 


百年桜。

 


昨年は、野鳥につぼみを食べられてしまっていたことを後で知った。

 

今年は大丈夫かと心配しながら登っていた。

 

 


見事な復活だ。

 

桜の妖精は眼がくらむほどの美しい姿をわたしに見せてくれたのだ。

 

 

つっかえ棒はあるけれど、まだまだ圧倒する美に包まれている。

 

百年桜も有名にはなってきたけれど、その時はほとんど人がいなかったので

 

ゆっくりと会話ができた。

 

 

 


わたしが倒れた後にここに来たことで、わたしの再生を誓う力を与えてもらったこと。

 

ここにくることは、わたしが生きている証。


そして君が台風による塩害で、かなり弱っていた時のこと。

 

未だに美しい花びらを見せてくれる生の力を。

 

 


桜の妖精

 

 

わたしがいままで生き続けてこられたのは、あなたのおかげだということを。


桜の妖精は、わたしに何を囁いてくれたのか。

 

ここまでわたしの姿を見に来てくれたことと、互いに生き続けてこれたことへの感謝と、

 

わたしのほんとうの姿を知ってくれていることについて。

 


ありがとう。来年また会いましょう。

 


何よりも、その姿は愛そのものだと感じていた。

 


この場所はいつだって去りがたい。


それは自然の持つ気配に溢れているからだろう。

 


桜の妖精に後ろ髪をひかれるように立ち去る。

 


それでいていつも名残惜しくて桜の木に振り返る。

 

 

来年もきっと会いにくるよ。

 

 

 

 

その後、函館公園に来ると、花吹雪の中をずっと歩いていた。

 

こんな経験も暫くぶりだ。

 


池の鯉が泳ぎ、散った桜の花びらが水の上を舞っている。

 

 

 


今日は、桜たちがずっと付き合ってくれているような気がしてうれしかった。


わたしの周りを風と共に舞い散る。

 

 

 


美の妖精たちよ。


ありがとう。