前回の記事には続きがある。
次のページをめくっていた。
吉本隆明さんの墓の前で、ある作家の方に会い、その方の著作が届いたと書いた。
お礼の手紙を書こうとした。
しかしプロの作家の方への返信は緊張するものだ。
思い切って形式ばった表現ではなく、自分の言葉で
あのときのことと、吉本さんとのこれまでのことを書いた。
2日前、荷物が届いた。
手紙とその方が吉本さんが亡くなったときのことを雑誌に書いたエッセイと
例の雑誌「試行」に書いていた小説の本まで届いた。
手紙には、わたしが墓の前にいた光景を「黄金風景」と呼ばれていた。
もったいないことだ。
しかし光栄なことでもある。
これほどこころのこもった手紙は見たことがなかった。
熱い思いが言葉に溢れていた。
わたしの胸も熱くなった。
手紙に書いた思いが届いて嬉しかった。
エッセイには、吉本さんが自宅から霊柩車へ出棺する際、
わたしがそれをするのだという強い思いが書かれていた。
よほどの思いだと思う。わたしにはわかる。
誰でも棺は持てるわけではない。
小説は、試行に書いたこともあり、解説は吉本さんが書かれていた。
このことは、どんな状態であっても今書いておかなければならないと思った。
吉本さんの真の同志がそこにいた。
これは何かを意味するのだろう。
あらためて、吉本さんの精神を受け継いで行こうと思った。
その夜に、娘さんの小説家のよしもとばななさんが、
吉本隆明全集が晶文社から発行されることに決まったと公表されていた。
社長がじぶんの最後の仕事になってもいいからやるとおっしゃっていたとのこと。
来年から出版を初めて全40巻になるらしい。
おそらく単行本は100冊以上は出版されているから当然だ。
日本思想史の遺産になると言っても大げさではない。
大事業だと思う。
社長は、一世一代の仕事なるという覚悟をされたのだと思う。
誰かが吉本さんの命を賭けて作り上げた業績を纏める必要があるのだ。
ほんとうの人間が現われたとでも言うべきだろうか。
吉本さんは、じぶんの全集がないことを淋しがっていたという。
ばななさんの「父の仕事にかけてきた人生が報われた気がして、ほんとうにうれしい。」
との言葉はとても重い。
ようやく吉本さんの業績が本として纏められる。
思想そのもの研究は、これからだと思う。
闘いはこれから始まるのだろう。
吉本さんの業績を掘り下げていく作業は始まったばかりだ。
新しいページはめくられていた。
たくさんのひとが吉本さんのことをあらためて理解し、掘り下げ、伝えていく作業を
はじめている。
それは<精神のリレー>といえばいいのか。
わたしもこの場所で、吉本さんのことを少しずつでも書き続けようと思う。
レベルは低くても、想いは強いはずだ。
作家のUさん本当にありがとうございました。
手紙に書かれていた最後の言葉「もう少し先まで行こうと思います。」
わたしも、もう少しだけかもしれないけれど、先まで行きたいと思います。
今は、未知の世界にわたしたちは入ってきているけれど、
新しいページはわたしたちが作らなければなせない。
この未曾有の困難な情況を乗り越えなければならない。
わたしたちのために、身を削って生きてきたひとたちのためにも。
吉本さんのためにも。
ヒントや英知は、過去の中にあるだろう。
吉本さんの本の中にもたくさんあるのだ。
「過去の事実や変遷を踏まえて未来を予測する。
それが未来を予測するための一番確実な方法なんです。」吉本隆明