このひとは誰なのか?。
シュルレアリスムを紹介してくれたのは詩人の瀧口修造さんだった。
瀧口さんのことは一度書いている。
アンドレブルトン集成を買ったとき、本の箱の中に一枚の紙が入っていた。
タイトルは「アンドレブルトンを読むために」瀧口修造
「「眼は未開の状態で存在する」というブルトンの寸言にひとたび衝撃をうけたものは、
何を求めて旅立つことになるのだろう。」
渾身の言葉に、わたしは魂が震え上がるほどの衝撃を覚えたことを思い出していた。
ブルトン全集の翻訳に携ったのが巌谷さんだった。
その言葉は他の翻訳者と何かが違っていた。
20歳で瀧口修造と出逢う。
その後、足しげく瀧口さんの西落合の自宅に通いつめる。
封印された星―滝口修造と日本のアーティストたち/平凡社

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「封印された星」はわたしの最も大切な本になった。
装丁も美しい。
瀧口さんが作った詩集を思い出させてくれる。
戦前は詩人だったが、戦後は美術評論家として生きてきた。
誰よりも美しいものを感じとれるひとだった。
「瀧口修造と日本のアーティストたち」と副題にある。
交流のあるアーティストの紹介文が綴られている。
瀧口さんへの熱い思いも書かれている。
本のタイトルは、アンドレブルトンがパリでシュルレアリスムの画家の作品を
展示していた画廊の名前だ。
巌谷さんは弟子となった。
シュルレアリスムを日本で本格的に広めたのは瀧口さんだ。
ブルトンにも憧れ、瀧口さんの人柄にも惹きこまれていく。
最初の章は「リバティ・パスポート」
「1979年7月1日の午後,瀧口修造が亡くなったという知らせを、私はパリで受け取った。同年の3月ごろに自作のロト・デッサンとアクロスティック・ポエムを閉じこんだ「リバティ・パスポート」を手渡してくれた。
そのとき瀧口さんから「これが最後のパスポートです」と言われた」とある。
ふたりの関係は何か。
瀧口さんは巌谷さんのシュルレアリスムの思想についての質問に答えていた。
ふたりの書斎での対話は朝までも続くことも多かったようだ。
シュルレアリストとしてじぶんの考えていることを精一杯伝えようとしたのだろう。
巌谷さんは、それを見事に受け継いだのだと想う。
翻訳はブルトンだけでなくシュルレアリスト全般といっていい。
瀧口さんの死後もブルトンの翻訳は進んだ。
詩人だけでなく画家の作品の解説や小説の翻訳もしている。
シュルレアリム関係の書物を数多く書いている。
どれもこころが伝わってくる本物といっていい。
いまは大学教授だが、多くの生徒や後輩たちがシュルレアリスム関係の研究を進めている。
膨大な仕事をこなし、大変なことだと思う。
シュルレアリスムが学問の対象になるのは解せないところもあるけれど、
ブルトンは多くのことを謎のままに封印した。
瀧口さんが亡くなった後に巌谷さんがご家族に電話をすると
「瀧口は、いま、パリへ行ったのです。」と繰り返し言われたそうだ。
わたしはこの言葉を聞いて何度泣いたろう。
瀧口さんはシュルレアリストだ。
パリと切り離すことはできない。
生涯で2度しか海外に行かなかったが、1958年に憧れ続けたアンドレブルトンに会うことができた。
瀧口さんは巌谷さんと会うとブルトンと会ったときのことを嬉しそうに話していたと言う。
ブルトンは1966年に亡くなった。
巌谷さんは1962年に20歳で瀧口さんに出会い、1979年まで17年弟子として過ごした。
リバティ・パスポートは当時の若手の画家たちに、ひとりづつ違うものを作って贈られた。
それも一度ではなかった。
瀧口さんがみんなに贈ったオブジェやリバティ・パスポートを写真で見たことがあった。
ひとつひとつがプライベートな芸術作品だった。
愛がこもっていた。
評論家がやることではない。
美しいものを追求するひとたちへの励ましと愛なのだ。
こんなひとはもう現れない。
若い彼らは、瀧口さんの愛に包まれて世界へ飛翔していった。
美の妖精や天使となって。
「個々のひとびとは氏との関係を星のように愛していた。」
「氏は使徒であり、師でもあった」
「生死にかかわるような精神的冒険としてテクスト・シュルレアリストを敢行したのは瀧口修造だけである。」
「ただひとり、日本シュルレアリストとしての「旅」を全うしようとしたのである」
久しぶりに再読して胸が一杯になった。
瀧口さんのブルトンへの想い。
師弟の熱い絆。
巌谷さんのシュルレアリスムへの愛が伝わってくる素晴らしい本。
ブルトンの墓がバティ二ョールにあることを教えてくれたのも巌谷さんだった。
わたしが真紅の大きな薔薇を抱えてブルトンの墓の前に立ったとき、
そこに瀧口さんもいたのかもしれない。
わたしは、巌谷さんにこころの底から、お礼を言っていたのだろう。
ひとつの考えかたを受け継いでいくことは大変なことだ。
純粋でストイックであらねばならない。
そして愛がなければ続かないだろう。
ふたりが、日本でひとつの思想を広め、新たな想像力の世界を広げ続けてきた。
「わたしもほんの一部ですが、この場所で書くことでその役割を務めさせていただきます。」
それが墓の前でのブルトンへの誓いだった。
わたしのブルトンへの愛
シュルレアリスムへの愛
瀧口修造さんと巌谷國士さんへの愛は生涯変わらないだろう。
アンドレブルトンは「出逢い」を大切にしていた。
「ひとや物や出来事との偶然の出会いをうけとめて先へ進むとき、
旅と人生の自由が見えてくる」 巌谷國士
このひとに出逢ってほんとうによかったと思っている。
ひとの一生は出逢いによって大きな影響を受けるものだ。
だからこそ、出逢いを大切にすることだと思う。
美しい星が瞬いている。
いずれ、わたしも旅へ出るのだろう。