そろそろこのひとのことを書く<時>が来たのかもしれない。
そんな気がするようになっていた。

渋田利右衛門との出逢いから始めよう。

わたしが最も尊敬する日本人は勝海舟だ。
このことはプロフィールにも書いている。

歴史が好きで、とくに幕末関係の本を読むと血が煮えたぎる思いをしていた。
学生時代だろうか。
司馬遼太郎の「竜馬がゆく」を読んで<青雲の志>がいかに大切かを知り、
政治活動をしながら、勤皇の志士とじぶんたちを無意識にダブらせていたのかもしれない。

その当時は、仲間との口癖は「犬死だけはしないようにしよう」と話していた記憶がある。


勝海舟の偉大さについては、改めて書きたいと思っている。
ただ2つのことだけは言える。

海舟は龍馬に出会ったとき、目を開いて世界を見よと教え、彼を弟子とし、
龍馬は海舟の思想を見事に見抜き維新を回天させた。

根底は海舟の思想にあるということ。
龍馬と海舟の眼識の深さでもある。

幕末で最も重大な出逢いだろう。
ここから回天の歴史が始まる。


もうひとつは江戸開城の際、薩摩の西郷隆盛と命を賭けた会談をする。

海舟はどんなことがあっても江戸市民の血を流してはいけないという気概で西郷に迫った。

江戸無血開城とも言うが、世界史で例を見ない無血革命であったこと。

江戸市民、徳川方の武士の多くの命を救ったひとであったこと。

もし江戸で戦争が起きた場合の備えもしていた海舟。

これほど民衆のことを考えていた「政治家」は空前絶後だろう。

この偉大さはどれほどアピールしても足りないほどだ。
あのとき戦争が起きていたら、日本の歴史は大きく変わったろう。
それもどす黒くだ。それを防いだ海舟の世界観。


海舟の本のなかに「氷川清話」がある。
これは海舟が晩年にじぶんのことを口述筆記したものだ。
だから読みやすい。そしてなまなましい。


氷川清話 (講談社学術文庫)/勝 海舟

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この本はわたしの座右の書で赤いボールペンで真っ赤になっていて、
どれほど繰り返し読んだかわからないほど紙も痛んでいる。
文庫本だからなおさらだ。
でも持ち運びにいいのでパソコンの横にいつもこの本がある。

「なんでも時勢を洞察して、機先を制することも必要だが、それよりも人は精神が第一だよ。」
こんな素晴らしい言葉が山のようにある。

ギリギリのところへ来ると一対一の真剣勝負になることが多い。
そのときはわたしは裸のこころを訴える。
ほんとうにこの言葉は生きた声だった。

苦しいときに絶えず読んでいた。
この本にどれほど助けられたかわからない。


渋田利右衛門は最初のところに書いてある。
海舟の青年時代に会ったからだ。

このひとが実は海舟の生涯の恩人だった。
それも函館のひとだった。

海舟は渋田のことで一章を使っている。
詳細はあらためて書くが、省略するとこんなことがあった。


若いころの勝麟太郎(青年時代の名)
$絶対への接吻あるいは妖精の距離


「若い時分におれは非常に貧乏で、書物を買う金がなかった。
 そのころ北海道の商人で渋田利右衛門というひとがいた。
 懐から200両の大金を出して、これはわずかだが書物でも買ってくれと言われ
 それをいただいて沢山のオランダの書籍を購入した。」

この時の200両が海舟の人生を変えた。
利右衛門の恩に報いるためにも海舟は必死に生きる。
ふたりは生涯の付き合いとなる。

しかし学生時代から繰り返し読んでいても、函館にそんな偉いひとがいたんだと思っていても
別の文章に惹かれていたのだろう。
次第に利右衛門のことを忘れていく。

そのことを思い出すには、随分後の話になる。

仕事の世界に入ると歴史的なことを振り返る余裕は無くなっていった。
こころが乾いて干からびていく不気味な感覚を覚えながらも
目の前の仕事の世界の比重が重くなっていく。

長い間プライベートな時間をとれなかった。
仕事は勝つか負けるかだった。
気を緩めると無残な結果が待っている。


8年ほど前のことだ。
お客様が郷土史を研究しているひとだった。

高田屋嘉兵衛の話を教えてくれていた。
函館にも大きな銅像がある。
このひとは全国的にも有名だ。

司馬遼太郎は「菜の花の沖」という作品で描いている。
テレビドラマにもなっている。


わたしはそのとき渋田利右衛門のことを思い出していた。
函館のひとでありながら、わたしは何も知らない。
いやほとんど誰にも知らされていない。
地元のひとすら知らないのだ。

これは函館の人間としてほんとうに恥ずかしいことだと思った。
じぶんはいままで何をやっていたのかと愕然としていた。


その方に、渋田利右衛門の話をした。
彼の本を見たことがない。
どうしたら彼のことがわかるのか。

調べたいひとがいるなら函館図書館へ行ってみるのが一番だと言われた。


そしてわたしの図書館通いが始まった。

ひとりの函館人としての利右衛門探しだ。