今日は1か月ぶりの診察。

先月の血液検査の結果を主治医が見つめている。

「うーん。どうもあまり数値が良くないね。

まだ許容範囲のなかだけれど、数値は脳梗塞を防ぐために血液をサラサラにする薬を飲んでいるのに、値が落ちているんだ。(動脈硬化が進んでいるということか)

きみの場合は不整脈が脳梗塞を引き起こす可能性が高いのに、
加えて無呼吸症候群が脳梗塞を誘発するという2重の危険性のなかで生きている
ということを考えてください」といわれた。

そして、ちゃんと薬を飲み続けてくださいとの指示があった。

さあ、どうしたものか。考えてみたら、じゃあどうしたらいいのかという答えを聞けなかった。
そういうものかもしれないが。
体調も少し上向いているような気がしていたので、ショックでもあった。



さて数日前に書店で手に入れた新刊を紹介したい。

松岡正剛の本が最近は続々と出版されている。

「松岡正剛の書棚」「白川静 漢字の世界観」「神仏たちの秘密 日本の面影の源流を解く」
「侘び・数寄・余白 アートにひそむ負の想像力」「多読術」

どれも立ち止りながら読みふける世界だ。


最新刊の2冊の本は彼の名言集ということになっている。

書店でパラパラめくっていると、彼の言葉に惹かれ続けてずっと歩いてきたんだ
という思いがあった。

一冊の本の世界の魅力をたった2.3行でこれほど魅力的に語るひとは今でもいないだろう。

●ノヴァーリスの青い花の紹介文。

「青い花」この本をまだ読んでいないとしたら、ずいぶんの損をしていたことになります。
世界で最も美しい魂の物語であって、最もイメージの源泉を知らしめる物語。」

●岡倉天心の茶の本の紹介文。

「単なる茶道の本ではない。かつて日本人が綴りえた最高級のイメージコスモスの本である。」

これらの言葉を読んで、この本の世界にはなにがあるんだろうと好奇心でいっぱいになり書店へ走ったものだ。

そんな言葉の魔法使いでもあるひとが今まで書いた著作の中から、名言としてピックアップしたものだ。

彼の宇宙が垣間見えたら素敵なことだ。

$絶対への接吻あるいは妖精の距離


松岡正剛 危ない言葉―セイゴオ語録〈1〉 (セイゴオ語録 1)/松岡 正剛

¥1,575
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●われわれはまだ自分の意識が何につながっているのか
 それすら知らないでいるのではないか。


●死が他人事じゃないからこそ「生」も他人事じゃないんです。

 ここが重要なところです。 いいですか、どんな生も他人事ではないんです。

 そうだとしたら、いま何をすべきかということも、一年に一度くらいは深く見つめて

 みるといいと思います。


●われわれが好きなものに面と向かって総力をあげる気が無くて、
 どうして人生の切実と豊穣に向かえるというのだろう?。


●混乱しなさい。世界や社会や家庭なんて、それから会社だって、ろくに経営できないということを
 知りなさい。

で、うまくいかなくたっていいのである。転んだってかまわない。

なぜ失敗したことが悪いことなのか。


●ぼくはいつも若い連中に勧めるのだが、ともかくできるだけ早い時期に、【名人】と呼ばれる
人物に出逢っておくことである。

そのために学校を休もうと、親との約束を反故にしようと、恋人にふられようとかまわない。


●そもそも仕事はテーマやジャンルで選ぶものではなく、未知の方法と出逢うために選ぶものなのだ。


●いつどこで、どんかな本に出逢ったか。

そのなかには、一連の星座をかたどる本のうちの一冊に出合うような偶然がある。


●ようするに「危険な本」は、たいていが「真剣な本」だということである。


●少女たちよ、一葉のごとく決然としないさい。 一葉のごとく葛藤と邪険をかかえなさい。
(これは樋口一葉のことだね)


松岡正剛 切ない言葉―セイゴオ語録〈2〉 (セイゴオ語録 2)/松岡 正剛

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【切ない言葉】より

●われらみなつねに絶対少年でありたいと思い、いつでも「夕焼けはなぜ赤いのか」を
もち続けようとしている


●貴女の胸にも全宇宙がある!


●月はなんともつつましく、なんと清冽で、なんとたよりないダンディズムに包まれていることか。

なによりも太陽は熱源であり、月はただ反射をこころがけているだけなのである。

これでは、どうみても月の懐かしさに分があると言うべきだ。


●宇宙にはネックレスが無数に散らばっている。それをどの首に飾るかは科学者の仕事でもあって
詩人の仕事なのである。


●なぜ、「弱さ」のほうが「強さ」より深いのか。


●傷つくこと、哀しいこと、寂しいこと、孤立することを捨てることなく、もう一度立ち上がって
いかなければならないのではないか。


●語り明かす夜とは、結局なにものかに出逢いたいということだ。


●良寛はいつも人恋しかったのではないかと思うのです。

かなりの淋しがり屋にほかならないのです。

だいたい1人ぼっちが好きなのは、淋しがり屋の証拠です。



正剛に惹かれ続けているのは、彼が<弱さ><切なさ>を知っているからなのではないかと思うようになってきた。

彼が良寛のことについて語っているように正剛も淋しがり屋である。

そしてわたしも淋しがり屋だ。

今日はじぶんが生まれた場所を写真に撮りにいっていた。

わたしはここで生まれた。そしてわたしはどこへ行こうとしているのか。

明日の天気予報は吹雪きのマークだ。冬が始まるのだろうか。


●「好きだ」という感情を表現することほど困難なことはない。


 やっぱり、こんなことを言う松岡正剛が大好きだ。

 そんなに好きなひとがいるだけでも生きていることの意味はあるだろう。 幸せなことだと思う。