2日前だろうか。気温が12度まで上がった。

今日も天気がいいので、朝のウォーキングを始めた。

ちよっとまてよ。

どうも風が冷たい。次第に顔が痛くなるほどだ。

耳も痛い。手袋をしなければならない。

最後にはフードを被るほど風が冷たい。

なんと、最低マイナス6度 最高2度らしい。
これから一週間はこんな気温のようだ。


それでも、天気はいい。空気が美味しい。


  $絶対への接吻あるいは妖精の距離


ほんとうは空を見ながら歩きたいけれど、
まだ積もった雪が固まって凍りついているので、
滑らないように足元を見ながらのウォーキングだ。


ほんとの少しでも春の妖精が訪れた跡がないかと探していた。

やっぱり見つからない。

下の写真にあるように、スキーのストックのようなもので、ウォーキングすることが
こちらでは流行っている。


 $絶対への接吻あるいは妖精の距離



まだまだ春の妖精は訪れてはいないのかもしれない。

訪れたのは、わたしの夢のなかだったのかもしれない。

それはとてもリアリティのあるものだったから。



夢といえば、もう少しで雛祭りだね。

ずいぶん昔の話になる。

どこかで書いたかな。

母は、人形の好きなひと。

でもお雛様が家にはなかった。

雛祭りの日が近づくと寂しそうな母の表情が忘れられなかった。

あるとき、わたしは突然デパートへ走った。

貯金を全部降ろしていた。


驚いた。

身近にお雛様を見たのはあまり記憶になかった。

ほんとうに煌びやかで、美しい。雅だ。

みんなほんとうに堂々としている。

しばらく見入っていた。

ああ、そうだ。眺めるのが目的ではない。


大変な値段にも、驚いていた。

思い切って、京都の会社で作った七段飾りのお雛様を心臓をドキドキいわせながら買った。

数日たって、母と会ったときの表情を忘れることはないだろう。



尊敬する黒澤明監督の「夢」という作品にお雛様が出てくるのは知っているかな。

ここに出てくるのが「桃の木の精」。春の妖精だ。

お雛様たちが踊るという大胆な作品。


The Peach Orchard Pt.1




黒澤さんの美への愛情。自然への愛情。子供ごころへの愛情がシーンに溢れている。

日本の伝統芸能への愛情がとても深かった。

能への造詣も並ではない。


わたしも先日、歌舞伎を見ていた。

「間」というものが日本文化のポイントであることがわかる。


わたしたちが子供の頃に見た「夢」はなんだったのだろう。

お雛様は生きているのかもしれない。

桃の木を切られて泣いた子供のこころ。

それに感謝して踊るお雛様たち。


わたしたちが、どこかに置いてきたものがここあるのかもしれない。

黒澤さんが見た夢は、わたしたちと通じているはずだ。



この映画にはいくつかの「夢」が出てくる。

そのなかのひとつはわたしのこころに度肝を抜かせた。

わたしの人生観を形成させてくれた夢の物語だった。

それについては、あらためて書きたいと思っている。


黒澤さんの夢はなんだったのか。

その夢も忘れてはならない。


わたしたちの夢もひとつひとつ現実になってくれればと思う。

わたしの夢にあらわれたのは、春の妖精だったのだろうか?。

わたしも桃の木の精を大切にしたい。

「ぼくはここが好きだから」