この詩と、出逢ったときの瞬間を忘れることができない。

友達が本を読んでいたので、何を読んでるの?
ちょっと見せてと話して、気がついたら、何度も繰り返して読んでいた。

それは、息を呑むというのか、胸につき刺さってくると言うのか、
こころの中に言葉が響いてきて、わたしは絶句していた。

この詩には、彼と妹との深い繋がりが、書かれている。
わたしは20代のころに、読んだはずだが、
これほど深い詩だとは、あの時は気が付かなかった。

今のわたしが、じぶんの生と死を考え続けているせいなのか、
彼の言葉の一言一句が、すーっと、こころに染みこんできた。

あなたの詩は、わたしには言葉では表現することができませんと思った。
だから、これ以上は書かないほうがいい。

できれば、ことばのひとつひとつを、かみ締めて読んで欲しいと思う。

【 永訣の朝 】

「けふのうちに
とほくへ いってしまふ わたくしの いもうとよ
みぞれがふって おもては へんに あかるいのだ
(あめゆじゅ とてちて けんじゃ)

うすあかく いっさう 陰惨(いんざん)な雲から
みぞれは びちょびちょ ふってくる
(あめゆじゅ とてちて けんじゃ)

青い蓴菜(じゅんさい)の もやうのついた
これら ふたつの かけた 陶椀に
おまへが たべる あめゆきを とらうとして
わたくしは まがった てっぽうだまのやうに
この くらい みぞれのなかに 飛びだした
(あめゆじゅ とてちて けんじゃ)

蒼鉛(そうえん)いろの 暗い雲から
みぞれは びちょびちょ 沈んでくる
ああ とし子
死ぬといふ いまごろになって
わたくしを いっしゃう あかるく するために
こんな さっぱりした 雪のひとわんを
おまへは わたくしに たのんだのだ
ありがたう わたくしの けなげな いもうとよ
わたくしも まっすぐに すすんでいくから
(あめゆじゅ とてちて けんじゃ)

はげしい はげしい 熱や あえぎの あひだから
おまへは わたくしに たのんだのだ

銀河や 太陽、気圏(きけん)などと よばれたせかいの
そらから おちた 雪の さいごの ひとわんを……

…ふたきれの みかげせきざいに
みぞれは さびしく たまってゐる

わたくしは そのうへに あぶなくたち
雪と 水との まっしろな 二相系をたもち
すきとほる つめたい雫に みちた
このつややかな 松のえだから
わたくしの やさしい いもうとの
さいごの たべものを もらっていかう

わたしたちが いっしょに そだってきた あひだ
みなれた ちやわんの この 藍のもやうにも
もう けふ おまへは わかれてしまふ
(Ora Orade Shitori egumo)

ほんたうに けふ おまへは わかれてしまふ

ああ あの とざされた 病室の
くらい びゃうぶや かやの なかに
やさしく あをじろく 燃えてゐる
わたくしの けなげな いもうとよ

この雪は どこを えらばうにも
あんまり どこも まっしろなのだ
あんな おそろしい みだれた そらから
この うつくしい 雪が きたのだ

(うまれで くるたて
こんどは こたに わりやの ごとばかりで
くるしまなあよに うまれてくる)

おまへが たべる この ふたわんの ゆきに
わたくしは いま こころから いのる
どうか これが兜率(とそつ)の 
天の食(じき)に 変わって
やがては おまへとみんなとに 
聖い資糧を もたらすことを
わたくしの すべての さいはひを かけて ねがふ」


あなたのこころに、何かが届いただろうか。
宮沢賢治のこころが。

「わたくしの すべての さいはひを かけて ねがふ」

こんな言葉を書けるのは、彼しかいないと思う。

ひとを思う気持ちが、これほど、こもった言葉があっただろうか・・。