アメリカで人脈の少ない私だが、抱えることのできた人脈はとても濃く大切にしたいと思っております。
家族はもちろん、数少ない友達。
先日BLOGに書いた
皮膚ガンの検査を受けるお友達から、電話があった。
今月末に簡単な手術を受けて、検査をして良性か悪性かが分かるらしい。
この友人は、私にとってアメリカで唯一の友人らしい友人。
同僚・知人はたくさんいるが、友人と呼べるのはこの人だけかもしれない・・・と改めて感じた。
仕事以外であまり人に会いたがらない私を家族は少し心配していた。
というのも、あまりに疲れすぎる仕事だから、人に会うというゆとりも、改めて人に会うということも
欲しなくなっていた。
そんな時 現れたこの友人。私とは逆で、人脈の多い人。
人脈の多いわりに、以外と心を開いて話せる人は少ないようであった。
なんだよー私と同じじゃんか・・・・という感じから私たちの交友関係は始まった。
彼女に出会ってから、私は少し変わったようだ。
そんな友人が初めて見せる、不安な気持ち・暗い声・ネガティブな雰囲気。
私は辛くなってしまった。。。ここ数日は久々に悲しいなあ・・・という気持ちを味わっている。
そして、
週末にその友人は私に電話をしてきた。
「KOKOのこと大好き。本当だよ。私たちいろいろなことをシェアしたよね。日本人のこと面白いなーと
思うことも多々あったよ。KOKOは本当に不思議人だよね。だれよりも強いと思うけれど、あまり多くの人が持たない危うさもある人だなと思っていたよ。
私ね、自分の健康とHOMEにしばらく集中するね。嫌なことや辛いことをKOKOとシェアーすると
KOKOがどれだけ私に同調しちゃうかも分かっている。だから私の手術が終るまで、もしくは
しばらく連絡をとりあうのやめるね。心配しないで。KOKOはKOKOの生活に集中していてほしい・・」
↑ 友人の言ったことそのままの日本語訳です。1つももらさずに覚えている友人の言葉。
泣かないけれど、実は心で泣いてしまった。
アメリカに来てから泣いたことなんてない。
本当に悲しい時は涙なんてでないのが私流。
人を支える方法が分からないし、どうやら本当の強さがないのだろうか。
時々 何をどう人に伝えていいのか分からない。
英語での日常生活に不自由はなくなったが、
今でも第二言語での自己表現はもしや真実をゆがめるのか・・・と言葉のせいにしている
自分もいる。
家族は言う。
静かに黙る・・見守るというのが時に本当の思いやりであることもある。
それは忍耐を伴うし、相手を強烈に信じることでもあるよ・・・と。
12月まで、静かに見守ろうと思った。