TO NI LAND 

 

 

映画「スーパーマン」を観た。

 

 

 

 

 

 

 

 

夏、クラブ、ナンパ、思い出。

 

熱めのお茶に、意味深なシャワー。

 

 

そんな夏も、かつてあった気がするが、

 

 

梅雨時期の「Before Sunrise」や、
 

 

土砂降りの夜の「カリブの熱い夜」が

そうであるように、

 

 

夏になると、

 

なぜか「スーパーマン」が観たくなる。

 

 

子供の頃、

夏は海や祭りだけのものではなく、


終業式が近づく頃になると、

映画館の正面に掲げられた
巨大な看板が気になり始め、


1979年の夏、

私は大きなスーパーマンを見上げていた。

 

 

それから何十年、

 

 

夏が終われば

一緒に去って行った映画は、

 

リモコン一つで

何度でも呼び戻せる時代になり、

 

 

夏を迎えるたび、

 

私はこの映画を観返しては、

 

当時の感動をなぞろうとするのだが、

 

 

あの頃と寸分違わぬ高揚感を

運んでくれるのは、

 

ジョン・ウィリアムズの

テーマ曲だけで、

 

 

それ以上に見えてくるのは、

 

 

わざわざカツラや付け鼻までさせて、
 

なぜジェフ・イーストに、

 

若き日のクラーク・ケントを

演じさせたのかという謎や、

 

 

ルーサー、オーティス、

テッシュマッカーという、

 

不思議な均衡で成り立つ

三人組の存在、

 

 

そのルーサーが、

 

機銃乱射、火炎放射、冷凍装置と、

 

かなり大掛かりな攻撃を

スーパーマンに加えている横で、

 

 

スーパーマンが真顔なのはまだ分かるが、

 

オーティスとテッシュマッカーまで

真顔、無言であることの不気味さ、

 

 

さらに、作品全体を覆う、

 

初期の007映画や、

 

馬場や猪木の試合を思わせる、

 

 

観客の期待をじっくりと膨らませる

あの“間”⸻

 

 

今どきの007なら

DB5で秒殺な場面ですら、

 

この映画は律儀に、

 

その一手一手を見せてくれ、

 

 

そして何よりも、

 

 

まだデジタル技術が

ヒーローを支える時代でもなく、

 

筋肉をパッドで補うことも

珍しくなかった頃、

 

 

マーロン・ブランドや

ジーン・ハックマンに比べれば、

 

雀の涙ほどのギャラでありながら、
 

 

鍛え抜いた身体で

自らスーパーマンとなり、
 

 

クラーク・ケントではコケティッシュに、
 

 

ルーサーたちの前では

静かな怒りを湛え、

 

 

そしてロイスの前では

優しく表情を変えていく、

 

クリストファー・リーヴの

健気なまでの誠実さであり、

 

 

もはや、あの夏に観た映画とは
まるで違う景色が見えてくるのだが、

 

 

それにしても、

 

今も変わらないのが、

 

 

“飛ぶぞ、飛ぶぞ、もう飛ぶぞ……

そら飛んだ!”

 

と言わんばかりの、

 

ジョン・ウィリアムズのテーマ曲。

 

 

空に解き放たれた瞬間、

 

なぜだか泣けてきてしまうのだが、

 

 

それは、 

 

高らかなファンファーレが、

 

四十数年前の夏を

一気にこじ開けてしまうからで、

 

 

映画館の巨大な看板。

 

雑誌をめくればスーパーマン。

 

文房具屋にもスーパーマン。

 

駄菓子屋にもスーパーマン

(微妙に非公式な物まで)。

 

 

そんなあの夏の記憶⸻

 

 

泣きそうになるのは

懐かしいからだけではなく、

 

 

あの頃と同じように

ワクワクできるものが、

 

まだ一つ残っていて、

 

 

今でもちゃんと心が動くことへの

驚きからなのかも知れず、

 

 

あのテーマ曲だけは、

 

何十年経っても、

 

少年だった私へと戻してくれそうな

気がした。

 

 

 

 

ギラギラと眩しい日射しや、

猛烈な暑さ、

 

けたたましい蝉の鳴き声などの

荒々しさとは裏腹に、

夏にはどこか怖いくらいの

静けさがあって、

 

 

 

誰もいない校庭で、 

 

二宮金次郎の目が

こちらを向いていたような気がしたり、

 

 

背後から聞こえる足音に、

 

口裂け女を想像してみたり、

 

 

少年だった私たちは、

 

そんな怪談を本気で信じていたが、

 

 

あの頃には想像もしなかった

不思議な話が、

 

今では、この「スーパーマン」を巡っても
囁かれるようになり、

 

 

中でも、クリストファー・リーヴの

落馬事故は、

そうした話の象徴として

取り上げられることが多く、

 

 

スーパーマンを演じた

クリストファー・リーヴ。

 

 

ヒロイン、ロイス・レーンを演じた

マーゴット・キダー。

 

 

赤ん坊のカル=エルを演じた

リー・クイグリー。

 

 

ルーサー役のジーン・ハックマン。

 

 

ジョー=エル役のマーロン・ブランド。

 

 

監督のリチャード・ドナー。 

 

 

それぞれ事情は異なるものの、

 

その後の人生には悲劇や苦難が重なり、

 

 

そういえば、

本作でコミカルな

イヴ・テシュマッカーを演じた、

ヴァレリー・ペリンは、


「スーパーマン」とは

また別のところで、

数奇な運命を背負った人物でもあって、

 

 

そんなことを考えていると、

 

 

同じくリチャード・ドナー監督
「オーメン」のラストで、

 

ダミアンが越えた“第四の壁”を、

 

 

本作でもスーパーマンが

越えていることに気付くと、

 

 

悪魔の存在…

 

そんな妄想まで頭をよぎるのだが、

 

 

 

 

後年の

クリストファー・リーヴの写真──

 

 

車椅子での生活を余儀なくされた彼に、

 

 

大親友であるロビン・ウィリアムズや、

 

 

「ある日どこかで」で深い絆を築いた、

 

ジェーン・シーモアらが

寄り添う姿を見ると、

 

 

なんとも熱いものが込み上げ、 

 

妄想など吹き飛んでしまう。

 

 

 

 

 

あのスリーショットには、

 

支えるとか、励ますという

気負いよりも、

 

 

昔と変わらない

友達同士の空気があって、

 

 

 

スーパーマンであろうと、

 

車椅子であろうと、

 

 

クリストファー・リーヴ。 

 

 

 

 

 

 

「スーパーマン」と聞いて

私が真っ先に思い浮かべるのは、

 

 

あの夏見上げた大きな看板と、

 

 

誰よりも誠実に

スーパーマンになろうとした、 

 

 

クリストファー・リーヴの姿。