今回のマンガは二部作で構成されており、本編が全13巻と獄中編全3巻で完結となる。
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本編では、主人公の濁組組長・久慈雷蔵(クジラ)
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が55歳にして学と食を求め熟年離婚した。

昼間はヤクザ、夜は子分達に隠れて定時制高校に通うようになり、学校では久慈の風貌と名前から「クジラ」というあだ名をつけたクラスメートでヒロインの咲子160617_115928.jpg
と親しくなる。
同じクラスの悪ガキ達はそれがおもしろくなく、はじめは難癖をつけるがやがて年長の仲間として受け入れるようになる。
時には学生として同級生達と、時には街でヤクザの親分として自分の組の組員や敵対組織や縄張り(シマ)内の人々と関わり、後半では娘の結婚式にヤクザであるがゆえに出席しない父親としての哀しみなどを様々な食とそれを絡めたエピソードで話は進む。

やがてクジラは若頭の吉田160617_121304.jpg
に組を譲りヤクザから隠退し、カタギとなって学生生活を過ごし、孫が生まれるのを楽しみにしていたが、別の組織にいる兄弟分が対立する組との抗争で殺された事で、仇討ちに単身対立する組に乗り込み全滅させる。幸い相手に死人が出なかったものの傷害罪で5年の刑務所送りとなる―。
ここで本編は終了。

この続編が「獄中編」である。
学校に休学届けを出したクジラが本編の事件で5年間の収監生活を過ごすために送られたのは岩窟刑務所。
普通ならクジラが送られるような刑務所ではないのにそこに送られた事に濁組の上部組織「風組」総長・風岡翔
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は裏にある悪意を感じ取り、若頭の望月に秘かに調査させる。
岩窟刑務所の特徴は、独居房を管理する閣下、
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拷問房は軍曹、
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刑務所長は殿下
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などと房を管理する刑務官が、それぞれあだ名で呼ばれている事で、殊に殿下などは許しを得ず顔でも見ようものなら、それだけで刑期を延ばされてしまう。

クジラは自分がこの刑務所に送られた事情も知らず、教育期間を経て、雑居房での集団生活に入る。
刑務所には様々な種類の犯罪者がおり、犯した罪と食を絡めたエピソードで話は進み、所内の服役囚を束ねるム所長が入浴時クジラと会い、収監されているのを知り、その座をクジラに禅譲する。

これまで幾度もクジラに仕掛けてきた殿下もこの事からクジラがただのヤクザではないと知り、警戒を強めるようになる。

クジラを岩窟に送ったのが風岡を敵視する、殿下と大学時代の同期で次の議会選挙に出馬する男であった事がわかり、風岡は対立候補に肩入れし落選させる。
それを知らずにクジラを罠に嵌め、ムチ打ちそうとしていた殿下は議員との癒着を暴かれ辞職した。

満期を迎え出所したクジラは始発で地元に帰り、懐かしい通学路を歩きながら家に着く。
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誰も出迎える者のいないはずの部屋に入ると、そこには別れた女房と5才になった孫の姿があった。
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そして食卓には白粥と焼き魚、漬け物が並ぶ。
孫を膝に抱きながらそれらを口に入れた時、はじめて更正したクジラであった。160617_120340.jpg

このマンガを描いた立原あゆみは、もともとはたベテラン少女マンガ家である。
が、週刊少年チャンピオンでロングヒットとなり、このマンガの影響でヤクザの世界に入った若者も多かったといわれる
「本気(マジ)!」
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を描いて以来、舞台を青年誌に移し多数のヤクザものや反体制を題材としたものを描いてきた。

「本気!」は、立原あゆみが培ってきた少女マンガのタッチを持ち込み、全体的に細い線で描かれたので、主人公・本気もふだんは少女マンガのキャラクターそのままの穏やかな表情を浮かべているが、
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怒った時の顔の変化はその分凄みを感じさせた。
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また、それまでのヤクザものといえば主人公が縄張りを拡大する為に繰り広げる日本刀やマシンガンを使ったド派手な抗争が売り物だったのにたいし、街に根付いたヤクザを描きリアリティを感じさせたのも斬新だった。

そんな立原あゆみが描く主人公は大概見た目がカッコイイのだが、このマンガの主人公のクジラは太ったオッサンで、親分といっても本編では風組の系列である事すら後半まで触れなかった。
ちなみに風組というのは本気に登場する関東にある広域組織で、本気はこの組織の幹部にあたる「草書」になっていた事もある。

クジラは続きものではあるが、一話完結式の構成となっているので、本編の方は全体的なストーリーにこだわらない方なら一冊でも十分楽しめると思う。

自分は食い物にたいして食べられたらいい、美味いかまずいか安いか高いかくらいしかわからないのだが、この作者は食というものにたいしてかなりこだわりがあるのか毎回登場する料理は自分ならろくに味わいもせず、宝の持ち腐れになるであろう高級食材からそこらのスーパーに売ってるような食材迄使って、毎回バラエティーに富んだ料理が登場する。

出て来る料理が連載されていたのが月刊誌だったこともあり、季節に合った料理が登場し、ほとんどのものがちょっと料理が作れる方なら作れそうな料理であるのもよくあるグルメマンガや料理マンガと違ってイメージを浮かべやすかった。
本編では毎話手づくり料理が登場したが、獄中編になると、囚われの身という事でそうもいかず、替わりにエアー飯なるものが登場する。
クジラが口に出した料理を同室の服役囚達が連想し、頭で腹を満たすというものだが、これには限界があるからか時折刑務官から差し入れられる食べ物の話を交じえて使われた。

また獄中編では、刑務官がクジラのようにそれなりのお金を持ってそうな服役囚にたいして実際にやってそうな賄賂の要求を描いてみたり、人を騙す犯罪を行った者の哀れな末路が描かれていたりして、食だけでなく、この作者が得意とする人間の欲や毒を描いたいいマンガだったと思う。

自分としては長編にありがちな主人公の周りから離れたキャラクターはそのまま消えるというパターンを使わず、高校に通う咲子らをたまに出し、クジラは同級生という絆と年月の経過をさりげなく表現してるところも好きだった。

ただ、立原あゆみの描いたマンガで主人公とヒロインが結ばれて幸せになったものはほとんどなく、自分もこの人のマンガは結構読んだが、「あばよ白書」という伊豆を舞台にしたヤクザマンガだけしか最後に結ばれたのはなかった。

このマンガでも親子以上に年が離れた咲子と結ばれるなんて事は考えもしなかったが、出所したクジラと卒業した同級生達がどんな再会を果たすかと思っていたが、立原あゆみらしいあっさりとした描き方だった。
出所を間近に控えたクジラは閣下に連れられ、世間に慣れておく為の社会見学に街に出かける途中の車内から咲子に似た女性が見知らぬ男と歩く姿を見かける。クジラの住む街から遠く離れた場所なので、他人の空似とは思うものの、5年という年月は少女が大人になるのに十分な長さである。
このエピソードのラストがコレ↓
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そう、クジラが見かけた女性は咲子本人だったというオチである。
大人になった咲子には、クジラを同級生と言っていた面影はないのだ。
ちなみに咲子と一緒に卒業したであろう同級生達は登場しない。
月日の流れと一抹の寂しさを感じさせる、自分がこのマンガで1番好きなエピソードである。

最近減少傾向の人情味のあるマンガだが、日々慌ただしい中で過ごす人にこそお薦めしたい。