矛盾した自己を受け入れるという話は、人間失格についてでも少し触れました。
 

 人は、矛盾した気持ちを持っています。

 たとえば、一人が好きだけど、淋しいのは嫌だ。

 人とつながりたいけど、束縛は嫌だ。

 こうした矛盾した気持ちを行ったり来たりしてバランスをとって生きています。
 

 この矛盾した自己が許せない、恥だと思って嫌悪して悩んでいたのが

 人間失格の主人公であったともいえます。
 

 世界とは自分の見方次第で変わります。
 それは、他人や世間の見方のみならず、自分に対する見方も同じです。

 

 臆病で、心配性だから、自分に自信が持てなくて、いつもおどおどしている。
 これも、一つの見方です。

 でも、臆病だから慎重に考えたり、心配性だから失敗しないように用意出来たり
 その結果、ミスも少なく、身を守り敵を作らない生き方ができるともいえます。

 

 自分は素材です。

 例えば、鉄という素材は硬くてさびやすい。

 でも、硬いからこそ丈夫な製品に生まれ変われる。

 表面を処理すれば、さびにくいステンレスにも変化できる。


 素材自体は変わっていません。

 

 要は、自分という素材をどう活かして使うかだけのことです。

 

 自分のことが嫌いな人は、自分という素材の使い方を知らないだけのことです。

 

 矛盾を受け入れるということは、素材のままで生きること。

 つまりは、ありのままで良きるということです。