11時45分、京浜東北線の横浜駅の改札を抜け、京浜急行の切符売り場へと急ぐ。宏樹は先に来ている。大きなコンクリート製の柱に寄りかかり、背中に体重をもたせ、腕組みをして目を閉じている。目をつむっているので、本人かどうか、はっきり確信がもてない。少し遠慮がちに腕をツンとつついてみる。
 「あ」
と宏樹はすぐに目を開ける。
 「遅れちゃった」
 「俺も35分に来たんだ」
待ち合わせは11時半だった。
 「あ、そう? 目をつぶっていたから間違えたらどうしようと思って、恐る恐る近づいたのよ」
 「はは。お腹、空いただろ?」
 「私は、朝、食べてきたのよ。ヒロくんは?」
 「俺は、いつも、朝は食べないんだ」
 「じゃ、お昼を、今から食べちゃいますか?」
 「そうだね、何が食べたい?」
 「う~ん。スパゲッティとかグラタンとか」
 「よぉし、じゃ、ナポリに行こう」
 「うん。・・・今朝は、結局、何時まで眠っていたの?」
 「10時半」
 「あはは、間に合うからいいわよね」
私が肩にかけていたバッグが、突然、歩道に落ちる。
 「あっ、バッグの紐が切れたよ」
宏樹が叫ぶ。バッグの紐は結ぶようになっている。その結び目がほどけてしまった。
 「紐がほどけたの。重くて。私、物持ちだから・・・」 
宏樹は道にしゃがみ込む。私が気づかずに2、3歩先に進んでしまう。後ろを振り返ると、宏樹が固まって動かずにいるので、右手で、手招きをして、おいで、おいでをする。しゃがんでいた宏樹は、立ち上がる。
 「電車は、何線で来たの?」
宏樹からの尋問を受ける。
 「京浜東北線」
 「え~っ、一番遅いので来たな、各駅じゃない。この間、横須賀線か京浜急行だって言ったじゃないか」
 「えっ。そうだっけ?」
記憶にないので、私は、攻められて窮す。とぼけるしかない。
 「だって、一緒に行ったじゃない」
横浜駅まで2人で列車に乗った、暮れのことを宏樹は言っている。