北の佳子(62)
人を待つ心は、実はそれほど悲しく寂しくはない。逆に期待が持てるという嬉しさを感じないだろうか。負け惜しみかもしれないが、佳子はそう思い続けている。大石が現れたら、どんな話が聞けるのだろうか。今までの自分の生活をどこから語ろうか、そう考えると不思議と意欲が湧いてくるのだ。大石はきっといつかは帰ってくる。姿を消したままの表情から一体、どう変わった正体を再び現すのだろうか。 そう考えるならば、楽しさも増すし、愉快でもある。佳子は閉店した居酒屋から帰宅する用意をしながら、頬に手を当てて物思いにふける。大石が戻ってくるのはいつか、明日なのか翌月なのか。年内なのか来年なのか。その時に、自分は生き方に迷いがあるだろうか。今のままでいるのだろうか。大石は何を得て帰ってくるのだろうか。何を求めに出掛けたのだろうか。 佳子が自分自身を探す答えを見つけるのと、大石がそれを昇華して戻ってくるのは、どちらが先なのだろうか。これだけ生きてもまだ、わからないことはたくさんある。自分のこともわからない。社会のことも、今の商売のことも、これからのことも。この道を進むのに間違えてはいないだろうか。果たして、これでよかったのだろうか。少し、後戻りをして方向転換をしたほうがよいのか。 「晃、あなたとの競争なのかな?」店内の照明を消し、持ち物を抱えて、鍵をかける。カチリと音がして、ロックされる。扉を揺すり、戸締りの確認を終えると、佳子は外に出て夜空を見上げる。 「明日も晴れるかしら、晃」佳子は、いつも同意を求めるのに、大石の名を呼ぶ。心の中で話し掛けている。どうしようか、きっとそうよね、困ったわね、へいちゃらよ。 「ねぇ、晃」夜の道を歩きながら、自宅に向かう道すがら、佳子はまた、大石に語り掛けている。