宏樹から、仕事に取り組む誠実さをいつも教えてもらう。きょうもそうである。
「俺の今、受け持たされている仕事、金額はいくらくらいだと思う?」
教員の私には、民間企業のことはまるでわからない。
「1億?」
「まさか、そんなに多くないよ」
「300万?」
「もっと」
「1000万?」
「もう少し」
「3000万?」
「そう、そのくらいだな」
「すごーい」
20代で任されるなら、大した金額なのだろう。
「俺1人で任されていると思うと責任を感じるよ」
「鹿川建設もどうしてヒロくんを担当に考えたんだろうね」
「俺の会社での仕事ぶりを見せてあげたいよ」
本人がそう言うのだから、仕事熱心に勤めているのだろう。同い年で懸命に働く人物を知れば、その人に負けたくないと感じるのは当然である。私も、以前にも増して仕事に対する取り組み方は、思い入れが深くなる。
「羽田に行って国際線のルートを増設した時は寒かったなぁ」
「完全装備して出掛けるの?」
「そう、大変なんだよ、寒くて」
「外に出ているほうが、ずっと社内にいるより気分転換になっていいんじゃないの?」
「よくないよ、寒いんだよ」
宏樹が、何度も寒さを強調するので、つい笑ってしまう。
「でもね、将来これをお父さんが作るのに関わったんだよって言えるから、頑張るっていう部分があるなぁ」
「そうよね。建築って後に形が残るから、いいわね」
「学校のことはよく分からないけど、担任になったら自分の好きに動いて、ウケまくればいいじゃない」
「ウケるってどういうこと?」
「教えていてわからなくなったら、ヘロヘロと言えばいいんじゃないの?」
「何、それ?」
「ガマガエル」
「えーっ、真剣に聞いていたのに、ひどい。そんなことじゃ生徒は誤魔化せないのよ。なめられるんだから」
「もの真似なんて、どう?」
「・・・、知らない、もういい」
宏樹は、ときどき真剣な話の内容を、ギャグに擦り替えてしまう。もともとは真面目なのだが、話が最後まで到達しない。奥深い話をしたいが、あまり深刻になっても却って宏樹に引かれてしまうのが怖くて、私も真面目になり切れない。仕事では、誰かと常に張り合っていたい。同じ職場の人より、少し職種の違う宏樹は私にとって、うってつけの相手である。宏樹に教わり、宏樹に対抗したいと考える。
「俺の今、受け持たされている仕事、金額はいくらくらいだと思う?」
教員の私には、民間企業のことはまるでわからない。
「1億?」
「まさか、そんなに多くないよ」
「300万?」
「もっと」
「1000万?」
「もう少し」
「3000万?」
「そう、そのくらいだな」
「すごーい」
20代で任されるなら、大した金額なのだろう。
「俺1人で任されていると思うと責任を感じるよ」
「鹿川建設もどうしてヒロくんを担当に考えたんだろうね」
「俺の会社での仕事ぶりを見せてあげたいよ」
本人がそう言うのだから、仕事熱心に勤めているのだろう。同い年で懸命に働く人物を知れば、その人に負けたくないと感じるのは当然である。私も、以前にも増して仕事に対する取り組み方は、思い入れが深くなる。
「羽田に行って国際線のルートを増設した時は寒かったなぁ」
「完全装備して出掛けるの?」
「そう、大変なんだよ、寒くて」
「外に出ているほうが、ずっと社内にいるより気分転換になっていいんじゃないの?」
「よくないよ、寒いんだよ」
宏樹が、何度も寒さを強調するので、つい笑ってしまう。
「でもね、将来これをお父さんが作るのに関わったんだよって言えるから、頑張るっていう部分があるなぁ」
「そうよね。建築って後に形が残るから、いいわね」
「学校のことはよく分からないけど、担任になったら自分の好きに動いて、ウケまくればいいじゃない」
「ウケるってどういうこと?」
「教えていてわからなくなったら、ヘロヘロと言えばいいんじゃないの?」
「何、それ?」
「ガマガエル」
「えーっ、真剣に聞いていたのに、ひどい。そんなことじゃ生徒は誤魔化せないのよ。なめられるんだから」
「もの真似なんて、どう?」
「・・・、知らない、もういい」
宏樹は、ときどき真剣な話の内容を、ギャグに擦り替えてしまう。もともとは真面目なのだが、話が最後まで到達しない。奥深い話をしたいが、あまり深刻になっても却って宏樹に引かれてしまうのが怖くて、私も真面目になり切れない。仕事では、誰かと常に張り合っていたい。同じ職場の人より、少し職種の違う宏樹は私にとって、うってつけの相手である。宏樹に教わり、宏樹に対抗したいと考える。