宏樹の心が見えたのなら、ほっとできる。今までは、常に自分の気持ちが揺れ動いた。非通知電話がたった1本かかるだけで、まず宏樹からではないかと疑った。通知してかけてこないのは多分、意味がある。ストレートに名を明かさないということは、何かをどうにかしたいのだろう。宏樹は本当は私など好きではないことを暗に知らせようとしているのだ。だから、わざわざ非通知の電話を発信するのだ。
 朝から晩まで、考え続けた。こんなふうにも疑った。最後の電話で、宏樹は「また、連絡する」と言った。そう言った手前、かけないわけにはいかなくて、でも本当は、かけたくないから、一応、連絡した、着信しただろう、義務は果たしたよと知らせたいのではないか。晩から、明け方まで、私はひたすら考え続けた。
 友人がときどき教えてくれる。恋愛中は、ものを考え過ぎてしまい、自分に不利になる。普段なら何気なくかわせることが、心が萎縮して自分から失敗を招くと。人を好きになると、本当に気持ちがギクシャクする。恋愛感情のない相手には、さらりと強気に会話できるのに、なぜ、好きだという感情があるだけで、ここは引いておこうか、いや、素直になったほうがいい、やっぱり、自然でいこうだの、ここは、却って積極的にいくべきだなどと、会う前から堂々巡りの考えを展開する。
 この考え過ぎる時間がひたすら日常を覆い尽くす。雨が降っただけでしゅんとなる。窓際で空から落ちる雨だれを眺め、携帯かけちゃおうかな、こんな日は、きっと静かに宏樹は会社でぼーっとしているだろう。建築現場は、雨で休業だから、今ならコーヒーでも飲んでいるだろう。声が聞きたい。私の気持ちが伝わるかもしれない、などとセンチに思い込み、ひとりよがりに酔いしれる。電話なんて、やめたほうがいい。
 自分と同じ意見の者が、この世に何人いるというのか。同じ意見の者を発見するほうが難しい、というのに。雨が降っているからといって、今のこの瞬間、まさか宏樹が自分と同じ気持ちでいるわけがない。ナンセンスな甘ったれた声など聞いたら、余計に嫌われるのが落ちである。
 でも、きょうは、宏樹が嬉しい言葉を私にくれた。安心していいみたいだ。少しは、楽になっても構わないだろう。本心だろう、多分、それとも、私に気を遣ってだろうか。やめよう、また繰り返してしまう。きょうは、もう宏樹の心をなぞって、追いかけるのはやめておきたい。