車が夜の街を走る。宏樹と私は、CDの曲に合わせて、口ずさむ。急がないと約束の夕食に間に合わなくなる。宏樹が少し、アクセルを強く踏む。
 「ピアノでこういう曲、弾ける?」
宏樹が私に尋ねる。
 「弾けない」
 「この曲の伴奏は、ジャズピアノなんだ。俺は、昔、ギター弾いたんだ」
 「フォークギターなの?」
 「そうだよ。今、人に貸しちゃってるんだ」
 「ふうん、そうなの」
 「俺は、詞がない曲が、割と好きなんだ」
 「どうして? 詞がないとつまらないじゃない」
 「なに。じゃあ、曲を聴きながら、詞の解釈をするの?」
 「そうよ」
 「あっ、この曲は聴いたことがあるでしょう?」
とっさに判断するのは、難しいが、少し聴くと、分かる。
 「ウイスキーの宣伝の曲ね」
 「そう」
宏樹の駐車場に、たどり着く。帰り道は、それほど込まなかったようである。 
 「少し、CDを家に持っていこう」
宏樹は、少しと言いながら、片手では持ち切れないほど、車から出そうとする。
 「ふふ、半分、持ちます」
ケースがかさばって、私の手から、1部滑り落ちそうになる。
 「おっと」
ブーツのヒールが8センチもあるので、私はよろける。
 「危ない。ドタ靴で来ればよかったのに」
宏樹がすかさず、声をかける。
 「この間は、ずるっぺた靴で、おいでって言ったわよ」
 「どっちも同じ意味だよ。ヒールが高いのは、歩きにくくないの?」
 「ハイヒール、大好き。いいの、私は見栄っ張りだから」
私が答えると、宏樹は道路に急にしゃがみ込み、悩むポーズをする。それほど考える返答では、ないと思うが、宏樹は固まっている。
 「ファイト!」
私が声がけすると、勇気が出たようで、立ち上がる。
 「これに懲りずに、また俺んちにおいで」
 「いいの?」 
 「うん」
この言葉は、最高に嬉しい。
 「俺も、山梨に今度行くよ」
 「うん」
やっと、私の悩みが飛んでいく。嫌われていたらどうしようと、毎日、考え続けてきた。明日からはゆっくり、安心して眠れそうである。