「あんまんと肉まん、どっちにする?」
宏樹が質問する。
 「えーっ、今は、胸いっぱいで食べられない。ヒロくん、食べるの? すごいねぇ」
 「うんと食べさせて、太らせようという魂胆」
 「やめてね。ヘンゼルとグレーテルに出てくる魔法使いみたいよ」
 「君が食べないなら、我慢するか」
 「あっ、ねぇ、凧(たこ)が上がってる」
 「本当だ」
 「ねぇ、どこから吊るしてるのかな」
 「あの辺だと思うな」
凧の周りをトンビが飛んでいる。2つの物体が夕空を大きく舞っている。宏樹と一緒に少し風が出てきた中で、ほうっ、と眺める。
 「車の中に戻ろう」
宏樹が言い、先に歩き出す。駐車場で、別の車が動き出す。暗くなるので、引き上げる車が増えている。
 「ひいていいよ」
と、宏樹が早足に歩いているので、車に向かってジョークで伝えると、
 「鬼ばば!」
宏樹は、私に憎まれ口を言う。キーを私に手渡して 
 「中で待ってて。トイレに行ってくる」
と言う。
 「車、間違えないかなぁ。心配だな、よその車に乗ってたりして。これだよ、この車だからね」
しつこ過ぎるくらい、言い残して、宏樹が去る。コートを脱いで、助手席に座る。やはり、中は風が入り込まないので温かい。宏樹が戻ってくる。ダッシュボード下の物入れから、マップを取り出して、宏樹がつぶやく。
 「今度、車で山梨に行くよ」
 「その地図、全国版じゃない。生意気!」
 「当たり前だよ」
 「今まで、車で一番遠くまで行ったのは、どこまで?」
 「静岡」
 「大したことない」
 「いいじゃないか。でも、そうだ、前の車では、大阪まで行ったっけ」
 「どうして、大阪に行ったの?」
 「友達の自動車のサークルの応援だよ、学校同士の対抗戦」
 「ふうん」
 「甲府まで、どう行けばいいんだ?」
宏樹はしきりに、ペラペラ地図のページをめくり、研究している。納得したようで、地図を閉じる。
 「じゃ、行こうか、帰るよ」
 「あれ、日が沈むまで待つんじゃないの?」
 「海岸線を走ると、沈むのが見えるよ」
 「そう」
宏樹が、ギアチェンジをして車が走り出す。