もう、夕日になっている。沈んでいく太陽を見ながらコーヒーをすする。寒さが増している。
 「さあ、太陽に向かって走ろう」
宏樹が顔を上げ、突然、大声を出す。
 「げ、なんとかドラマみたい、・・・青春ドラマ」
 「そうだよ」
 「古いし、ダサい」
 「ほら、カップを重ねて」
少し、まだ残っているコーヒーを早く飲むようせかされる。
 「まさか、本気?」
 「かな」
 「絶対、いや。誰が走るもんですか」
わざと、ゆっくり紙コップのコーヒーを、ユラユラと回す。宏樹は観念したように笑う。宏樹にからかわれ、自分のマフラーにコーヒーの残りをこぼしてしまう。
 「あーあ、赤ん坊みたいに、よだれ垂らして」
宏樹が、ハンカチを取り出し、拭こうとする。
 「ちょっと、待って」
私は、マフラーを首からはずす。
 「見て、水分をはじくでしょ。ほうら、日ごろの心がけがいいから」
と防水加工を自慢すると、
 「何、言ってる」
さらに宏樹に笑われる。やっと、飲み干すと、カップを宏樹が受け取る。近くにいた若い女性が、私たちに声をかける。
 「シャッターを押していただけますか」
おや、夏にもこんなことがあった。鎌倉の大仏殿で。
 「はい、小間使いがおりますから」
彼女に、宏樹が写しますよとウインクしてOKする。
 「な、小間使い・・・」
宏樹は絶句している。
 「カメラのキャップを持ちましょうか?」
と彼女からキャップを受け取り、しばらく宏樹が撮影する様子を見る。夕日と海と人物を全部一度にファインダーに収めるのは難しそうである。
 「よく入らない」
と宏樹は独りごとをぶつぶつ言う。彼女には大ウケである。カレシと並んで彼女は、夕日を背に明るい笑顔を向ける。 
 「ありがとうございました」
彼女がお礼を言っているのに、宏樹は黙っている。仕方ないから私が会釈する。宏樹を振り返る。
 「俺、何やってるんだ」
上着のポケットから紙コップを取り出す。
 「うちに持って帰って、広げて使うんでしょ」
 「なんだって」
宏樹が怒る。今、思い返せば、突然、彼女に頼まれたので、私に紙コップを手渡せなくて、ポケットに入れたのだなとわかる。気が利かなくて悪かったな。