さらに乗り込んだ山手線の車窓の外は、黒一色である。
 「すぐ暗くなっちゃうね」
冬の日の短さは寂しい。電車を降りて新宿駅の東口に出る。私が新宿駅から山梨に帰るので、夕食をとる場所は駅からあまり遠くない方がよい。東口を出て、近くのビルの3階にレストランが見える。
 「あそこにしよう」
エレベーターで上がっていく。宏樹は壁に額をつけて、一部透明の扉からエレベーターの外側、隙間の下を覗き込んでいる。よく小学生の男の子がする行動である。大人になってまで、エレベーターの構造に興味があるのだろうか。やっぱり、機械屋である。工学が根っから好きなのだろう。
 レストランには、ボーイがいる。人数を告げ、席まで案内してもらう。メニューを眺め、宏樹は肉の脂の乗ったディナーセットを指差す。
 「これが食べたい」
 「私は、ひるむ・・・」
 「俺んちの親父、肉や魚が駄目だから、外でないと俺は肉が食べられないんだ」
 「そう。お腹が空いたから、付き合っちゃおうかな。私も同じのにします」
サラダも、飲み物も注文し終える。
 「そうだ、姉貴、今4カ月なんだ」
 「赤ちゃん?」
 「そう」
 「わぁ。おめでとうございます」
 「うん、これで俺も正真正銘のおじさんになっちゃうよ」
 「子分ができるから、よかったじゃない」
 「まあ、女の子なら、おじちゃんと言われてまとわりつかれたら、かわいいけど、男だったら、うるさいって殴ってやりたい」
 「へぇ~。男性の心理ってそうなの? 面白いわね。よし、乾杯しましょう。ヒロくん、シャンペン頼んで」 
 「俺と一緒に酒、飲んでくれるの?」
 「あら、ずい分下手に出たじゃない。初めてね」
 「嬉しいからだよ。君と酒、飲むの初めてだね」
 「どんな、酒でしょうか?」
 「ぐず、言うなよ」
 「からまれるのは、嫌いな人でしたよね」 
 「女にからまれるなら、いいかも」
 「勝手なこと言ってる」
 「よし、2人の忘年会しよう」
酒が入ると、食事は長くなる。今夜、帰れるかな。ふと心配が私の頭をよぎる。この人となら、いいかな。いえ、やっぱり、意地でも帰ろうか。宏樹から何も誘われず、言われてもいないのに、私は警戒心をめぐらす。グラスとシャンペンの瓶が届く。ボーイが栓を抜いた。どんな夜が訪れるのだろうか。