
宏樹のまつ毛が私の目尻に触れる。宏樹はいつの間に眼鏡を頭のてっぺんに、ずり上げたのだろう。宏樹が目を細めたり閉じたりするのがまつ毛の動きでわかる。このままだと、意識が薄れ、理性が遠のきそうになる。宏樹の右腕を少しの力で押すと、すぐに体を離してくれる。
「今のは、何?」
「食後の、キス」
「そんなの、聞いたことない」
「行こう」
「えっ」
「船の博物館だよ」
「・・・そんなの、わかってる」
「そんなの・・・どこに行くと思った? ラブホ? まだ明るいよ」
「そんなの・・・言っていないでしょ」
「ほら、ラブホに向かってないよ、博物館だよ」
「こら」
私が右手で宏樹のほおをピシャリと叩こうとすると、手首をもち、つかみ直して、握手に変え、手をつないでしまう。展示の模型は、オイルタンカー、漁業用の船、車を積む貨物船がある。宏樹は、模型に付属するボタンを次々に押し、ライトを点灯させる。帆を付けた、まるで海賊が乗り込むような大きな模型には圧倒される。
「これは、きっと船の研究所だな」
「一体、ランプはどこに点灯するでしょうか?」
私が赤、青、黄の3色のボタンを、片手で覆いをして、宏樹に見えないようそっと隠す。私がボタンを押す前に、宏樹が「青」と叫ぶ。私は、わざと意地悪をして「赤」を押す。宏樹が予想した「青」とは違う場所にランプが点いたので、今度、宏樹は「黄」の場所で待ち構えている。もちろん私はフェイントをかけ、外す。こんな遊びは幼児のゲームである。原始的過ぎるが、相手の目を読み、笑いをこらえ、瞬発力を競う。とうとう、声を上げて2人とも騒いでしまう。
「しっ、いちおう大人でしょ」
自分も大声を出しておきながら、宏樹を叱る。
「真美ちゃんの方が、仕掛けてたぞ」
「もう、きりがないから、おしまい」
「ということは、俺の勝ちだな」
宏樹は、私の左肩に手を回し歩き始める。夏の鎌倉で登山したときには、もっと宏樹の体が接触した。きょうはそれほどでないが、私が意識し過ぎてドキドキしてしまう。夏は、青い空の下で爽快感があった。きょうは困る。体が触れると、自分の心臓の音が宏樹に届きそうで、宏樹の左肩を右手で押しのけ、胸が触れないようにする。すると、私の左肩にあった宏樹の左手が下に降りて、私のウエストをぐいと引き寄せる。宏樹は、ふざけているのでは、ない。私の右胸を自分の体に押し付けようとしている。