少し、会話に間が空いた。大都会の夜が見える。ネオンサインと灯りの下を大勢の人が歩いている。人通りは途絶えない。2階のレストランで、1人の男性と向き合っている自分が不思議に思える。いつもなら自分の部屋で、きっと音楽を聴き本を読んでいる。空を仰いだ。大きなガラス窓を通し、夜の空間が広く見渡せる。宏樹に突然話しかけられる。私は、ぼーっとしていて声がよく聞き取れない。
 「あ、三日月だ」
宏樹も、もしかしたら同じようなことを考えたのかもしれない。
 「えっ、2階席?」
自分の空想がそのまま、言葉に出てしまう。
 「違うよ、ほら三日月が出ているって言ったんだ。君もそろそろ、カンオケに片足突っ込んでるみたいだね」
 「ごめん。よく聞いていなかったから」
照れ隠しに、アイスコーヒーをストローでガシャガシャかき混ぜる。
 「おお・・・、カキ氷を頼んだ方がよかったね」
夏の光景が甦った。炎天下、木陰でカキ氷を食べたとき、楽しかったのを思い出した。
 「日本橋まで、一緒だよね」
 「ええ」
 「じゃ、行こう」
外に出ると、すぐ目の前を歩いているツーショットの男女が腕を組んでいた。
 「ねぇ、・・・いいね」
と前の2人に聞こえないように、雰囲気がいい人達ねと、目くばせで宏樹に伝える。
 「ほら、いいよ」
と宏樹は抱えていたバッグを右手に持ち替えて、左腕を開けてくれる。
 「え、いいの? ヒロくんのカノジョにぶたれるじゃん」
 「カノジョがいたら、今頃、土曜日にこんなことしてるわけないよ」
笑顔で答える宏樹を見て、言葉を信じる。が、一瞬、迷う。よし、決めた。勇気を出し、宏樹の腕をとる。
 「あれ、躊躇(ちゅうちょ)したな?」
 「どうして、わかるの?」
顔を見上げると、宏樹は右手の人差し指で、私の額をつついた。
 「心配するなよ」
その言葉の意味は、とっさには、わからない。帰り道は任せておけという意味だろう。来るときには、ずい分迷ったから。
 「しかし、こうしているとまるで結婚式帰りの夫婦だね」
確かに、大きな引出物の袋が強調している。続けて宏樹がドラマの台詞のように、渋い声で、私の右耳に顔を寄せ聞かせる。
 「いやあ、きょうの結婚式は、良かったよ」
 「そうね、仲人をした甲斐があったわ」
宏樹はウケたようだ。笑い出して、言う。
 「仲人なら、今頃は新郎新婦の両親に呼ばれ、酒盛りをしてるんだ」
 九段下の駅に無事、戻って来られた。