makoto's murmure ~ 小さな囁き~

makoto's murmure ~ 小さな囁き~

日々起きる出来事や、活動記録、作品更新の情報などを発信していきます

もうじき発売日を迎えます😊
タイトルは「暴君CEOの溺愛は新米秘書の手に余る~花嫁候補のようですが、謹んでお断りします〜」
美麗なイラストを書いてくださったのは北宮みつゆき先生です
編集作業を経てさらに素敵なラブストーリーに生まれ変わっておりますので、ぜひ覗いてみてください



思えば2022年にはスターツ出版マカロン文庫にて書籍化していただいて以来、何とか次に続くようにと日々小説を書き続けてきました。
お陰様で、この度2作目の書籍化が決まりました。
本当にありがとうございます。

原作は『俺様御曹司は ウブで一途な新米秘書を逃がさない』
一見わがままで俺様なヒーローと明るく元気で前向きなヒロインが、お互いの過去や生い立ちを知る中で共感し惹かれあっていくお話です。
ちょうど昨年の今頃に書いた話ですが、編集作業によりさらにパワーアップして素敵なラブストーリーになると思っていますので、よかったら覗いてみてください。

 

 

 

 

 

3月14日は○周年の結婚記念日です。

数日早いですが、お祝いに出かけたました🎉



「おはようございます」
「あら、おはよう」
当直明けらしい神崎先生がやって来た。

「青葉ちゃん今日は早出なのね?」
「ええ、今日は海斗くんの入学式でママさんが留守なんです」
「そうかあ、高校の入学式って今日だったわね」
「はい」

あれだけ高校に行かないと言っていた海斗くんも、結局高校進学を選択した。
受験勉強も大変だっただろうに、週末のAQUAのバイトは続けながら県内屈指の進学校に入学を決めた。
「あいつの人生だ。好きにしたら良いよ」
マスターは最後まで放任主義を貫いた。

「そうそう、これ見て」
神崎先生が取り出した携帯の画面には、かわいい赤ちゃんが映っている。

「これは?」
「愛ちゃんと誠くんの息子」
「ええー」

ヤダ、すごくかわいい。
目も鼻も口もとっても小さくて、おもちゃみたい。

「半年くらい休んでから、復帰するみたいよ」
「そうですか」
きっと大変なんだろうなとは思うけれど、幸せそう。

***

カランカラン。

「いらっしゃいませ」
あ、大地くん。

「モーニングをアイスコーヒーでお願いします」
「はい」

すっかりドクターらしくなった大地くん。
朝昼に限らず1日1度は店に顔を出してくれる。

「そう言えば、整形に行くんだって?」
「ええ、まあ」
照れくさそうな顔。

まあね、実家は継ぎたくない、整形外科には行かないって言っていた手前恥ずかしいよね。

「あれだけイヤだって言っていたのに、どうしたの?」
さすが空気を読まない神崎先生。
ストレートに聞いていく。
「うーん、今でも整形は好きではありません。でも、1度くらい向かってみても良いかなって」
「えらく強気ね。でも、いい加減な気持ちでやっていける世界ではないわよ」
先輩ドクターらしく、厳しい顔を見せる。

「分かっています。でも、松本先生を見ていて、人生なんていつでもやり直せるって思えたんです。1度くらい向かってみて、ダメならその時考えれば良いかなって」
「ふーん」
それ以上、神崎先生は何も言わなかった。

「そう言えば、松本先生の所が来週オープンでしょ」
モーニングセットを差し出しながら、ママさんが聞いている。

「ええ。診療所は来週オープンですけれど、少しずつ往診は始めていて、うちの患者さんも何人か回っています」
「そう、忙しくなりそうね」
「ええ」

救命医だった松本先生は離婚と同時に病院を退職し、奏さんと結婚してこの春在宅診療所を開いた。
当然元勤めていた病院とも連携しながら、往診を中心に在宅医療を行っていくらしい。

***

カランカラン。
「いらっしゃいませ」

「おはよう、青葉ちゃん」
今日も元気な奏さん。

「マスター、アイスコーヒー」
「はい」

「奏さん、準備はいかがですか?」
大地くんの問いかけに、
「絶好調」
親指を立てて答える奏さん。
以前より明るくてはつらつとしているように見える。

「奏ちゃんはい、これ」
ママさんが差し出したのは大きめの水筒。
「ありがとうございます。ここのコーヒーがないと賢吾の機嫌が悪くって」

じゃあ飲みに来なさいと突っ込みを入れそうになったのを、グッとこらえた。

「奏ちゃんも今から仕事なの?」
「ええ、神崎先生は当直明けですか?」
「そう」
奏さんもお店を辞めてから介護の勉強をして、松本先生のところで一緒に働くことになっている。

「夫婦で一緒の職場っていいですね」
思わず言った私の言葉に
「「「そお?」」」
ママさんと、奏さんと、神崎先生の声が重なった。

えええ、いけなかった?

「いいことばかりでもないのよ」
とママさん。
「喧嘩したら逃げ場がないものね」
と奏さん。
「私は随分昔で忘れたけれど、見たくないことや聞きたくないことまで、入ってくるからね」
と神崎先生。

「結婚って大変なんですね」

ウンウンと3人が頷いている。

「ところで、青葉ちゃんはどうするの?」
「え?」
「結婚」
ああ。
「彼氏、素敵な人じゃない」
「そうですか?」
なんて言いながら、やっぱり伸を褒められるとうれしい。
「ずっとここにいるの?」
「いえ、9月から大学に復学しようと思っています。ですから、ここにいられるのも夏までですね」
「そう」
奏さんが寂しいって顔をしてくれた。

もちろん私だって寂しいけれど、いつかは旅立つ日が来るわけで、
「大丈夫です。ちょくちょく遊びに来ますから」

「そうね。待っているからね。いつでもいらっしゃい」
なぜか神崎先生に言われ、
フフフ。
笑ってしまった。

ここにいられるのももう少し。
でも、私はここで過ごした時間を忘れないだろう。
ここは、私の原点だから。

カランカラン。
ほら、また新しいお客さん。

「こんにちは」
元気にAQUAの扉を開けた瞬間。

「青葉ちゃん」
「お帰り」
マスターとママさんの声が聞こえた。

「遅くなりましたが、やっと帰ってきました」
「お疲れ様、大変だったね」
ええ、本当に。

心配性で頑固なパパを説得するのは簡単なことではなく、高村さんが出張に行ってから2週間もかかってしまった。
最後には高村のおじさままで出てきて
『良いから行かせてやれ。青葉ちゃんは将来うちの嫁になるんだ。伸と俺が良いと言うんだから問題ないだろう』
と、パパを説得してくれた。

お陰でやっと戻って来られたけれど、半月以上もかかってしまった。

「どうぞ、ブレンドで良かった?」
「はい」

うーん良い匂い。
この匂いをかぐとホッとする。

「あの、バイトってまた使ってもらえますか?」
随分お休みしてしまったから、新しい人が決まっていたりして。
「是非お願い。今ね、人手が足りないの」
ママさんのうれしそうな声。

へ?どうして?と聞こうとした時、
カランカラン。
お店の戸が開いた。

あ、神崎先生。

「あら、青葉ちゃん久しぶりね」
「はい、ご無沙汰してます」

「マスター、アイスコーヒーをお願いします」
「はい」

カウンター席に座りお水をゴクゴクと飲む神崎先生。

「ハアー疲れた。土曜日の救急って何であんなに混むのかしら」
カウンターに倒れ込むようにぐったりしている。

「お疲れですね」
「ええ、誰かさんのせいでね」
「へ?」
誰かさんの、せい?

「神崎先生、青葉ちゃんはまだ何も知らないんですよ」
マスターが困ったなって顔をしている。

「え、何を、ですか?」
「そうか、ずっと留守だったものね」

どうやら私のいない間に何かあったみたい。

「あ、青葉ちゃん、いらっしゃい」
厨房から出てきた若い男性。
って、海斗くん。

「何で?」
「今日は土曜日で学校が休みだから」
「そうじゃなくて」
何で急にAQUAの手伝いなんか始めたのかが知りたい。

「おやじがね、人に迷惑をかけるような奴には小遣いなんてやらない。欲しければ働けって」
へえー。
「それでバイト?」
「それだけじゃないの」
テーブルを片づけていたママさんが寄ってきた。

「何かあったんですか?」

「大地くんが辞めたの」
「はあ?」
何で?
もしかして、また逃げた?

「お向かいの病院で研修医として働くことになってね」
へえー、びっくり。

「たまたま一人休職が出て空きができたから、院長が直接声をかけたらしいわよ」
アイスコーヒーを飲みながら、神崎先生が教えてくれた。

院長がねえ。
確か、実家のお父様と院長が親しいって末実さんが言っていた。そういうことか。

「ちなみに休職したのは愛ちゃんね」
「へえー」
もう、『ヘェー』が止まらない。

「つわりもひどそうだったから、良い決断だと思うわ」

これは、先輩ママさんとしての意見かな、それともドクターとしての意見かな?

ブブブ。
神崎先生のポケットにあるPHSが鳴った。

「はい、はい。・・・戻ります」
はあー。
溜息をつくと、アイスコーヒーを流し込む。

「あいつ、絶対今度おごらせてやる」
右手をギュッと握りしめ、ファイティングポーズの神崎先生。

「あの・・・何が、あったんですか?」
さっぱり話が見えない。
「松本先生が病院を辞めたのよ」
「ええええー」
「青葉ちゃんうるさい」
「ああ、すみません」
でも、なんで?

「正式に離婚するんですって」
「そう、ですか」
「だからって病院を辞める必要はないと思うんだけれどね、あいつなりのけじめなのかな」
「けじめ?」
「そう、医者って派閥社会だからね。出身大学が後々までものを言うわけよ。あいつの場合も、大学の恩師の推薦でうちの病院へ来たらしいし。その恩師ってのが奥さんのお父さんでしょ、それで」

それでって。離婚すると仕事を辞めないといけないわけ?そんなのおかしい。

「救命部長は随分留めたらしいけれど、あいつも頑固だからね」

確かに、一度言い出したら聞かない気がする。
一見温厚そうに見えて、意外と厳しいものね。

「お陰で私が救急外来へ引っ張り出されているわけよ」

なるほど。そういうことか。

ブブブ。
再び鳴ったPHS。

「ハイハイ。じゃあマスター、ごちそうさま」
電話には出ることなく、神崎先生は駆け出していった。

***

「驚かせたね」
「ええ」
びっくりした。
まさかそんな展開になるなんて。

「それとね」
マスターの顔が何か言いたそう。

「まだ、何か?」
「うん。奏が店を閉めたんだ」

嘘。
「何で?」

奏さんはお店をとっても大切にしていたのに。
閉めるなんて・・・

「どうしてですか?」
「あいつなりに考えた結果だと思うよ」
そんな。
「マスターは止めなかったんですか?」
つい、強い言葉になってしまった。

「青葉ちゃん」
ママさんがやんわりと注意してくれるけれど、
「だって、奏さんがかわいそうです」

あんなに大切にしていたお店を、自分の意志で閉めるはずないのに。
おかしい、絶対におかしい。

「本当に、奏ちゃんが決めたことなの。色々な思いはあるでしょうけれど、これからの人生を考えて、お店を閉める決心をしたのよ」
「でも・・・」
私は、みんながいるこの店に帰ってきたかったのに。

「みんな生きなくちゃいけないからね。少しずつ変わっていくんだよ。青葉ちゃんだって、いつかはここを出て行くんだよ」
「それは、」
分かっているけれど。
今はもう少し、ここにいたい。

「さあ、今日は疲れているだろうから、明日からまたお願いしますね」
「はい」

そうか、明日からまたAQUAでの生活が始まるんだ。