ひよっ子マーケター、教壇を目指す。 -7ページ目

ひよっ子マーケター、教壇を目指す。

ベンチャー企業で働きながら中学校の教壇を目指していたら、何とか教壇に立てそうな雰囲気になってきた男のブログ。

終わりました2011年、はじまりました2012年。

年末は大学時代のいつものバイト仲間、年明けはこれまたいつもの高校時代の仲間とどんちゃん騒ぎ。
騒ぎ過ぎて疲れた。笑。



派手な年明けとは裏腹に、今年は改めて「足場固めの年」にしたいと思います。



1-3月はいったんビジネスマン最後の集大成。きちっと納品して飛ぶ鳥跡を濁さずを実行したいところ。

4-6月はたぶん生活に慣れるだけで精いっぱいだろうな。早いところリズムを掴みたい。

7-9月は今までと比べるとのんびりした生活ができる…気がする。夏は研修がいっぱいと聞いたけど、それでも今の生活よりはまともなはず。苦笑。

10-12月はそれなりに生徒・教師・保護者と関係構築ができているといいな。そろそろ充電も済んだので、彼女も作っておきたい。笑。



一年の計、というわけではないものの、たぶんこんな1年になると予想。こう考えると改めて1年のあっという間さに気付く。

厄年は超えて、今後の人生という意味でも「足場固めの年」になるような気がする。大事に生きよう、2012年。

それでいて、先まで見過ぎて足元をすくわれることのないよう、まずは目の前の事を着実に。いつもここからだ。
昨日で年内営業無事終了。今日残務処理を終えればひとまず心が休まる。年末年始の旅行と新年会と、イベントが目白押しだ。

早速、今年一年を振り返るべくブログを読み返してみる。



思ったより冷静で、上司に詰められながらもうまくやっている気になっていた、学生気分の抜けない1月。

上司からの引継ぎ案件でクレームわんさか入り込み、上司からも詰められて完全に鬱モードの2月。

今の仕事から逃げるように、薄々と教師への道を考え始めたら震災が発生し、決意を固めた3月。

決意を社長に伝え、反対され、それでもやりきると進み始め、教育への考え方をまとめ始めた4月。

部署移動で新しいマネージメントに苦しみ、教員採用試験対策を手さぐりで進め始めた5月。

新しい上司に幻滅し、うちの会社に幻滅し、打ちのめされながら粛々と業務を続けた6月。

仕事でボロボロになっていた中で受けた教員採用試験1次試験が合格していて、志を新たにした7月。

いよいよ病み方が最高潮に達し、なぜか詩を書くようになってしまった末期寸前の8月。

またしても部署が移動して自社商品の営業をし、上司も代わり、元気を取り戻しながら復活の道をたどった9月。

社長に採用試験合格の報告をして大反対されながら、新卒のマネジメントを任されるも失敗した10月。

広告代理業に戻り、数字のプレッシャーに負けそうになりながら新しい形と1月以降の組織づくりをにらんだ11月。

自分の数字以上に、組織に対しての貢献方法を探りながら業務に邁進した12月。



振り返ってみると、1~8月は相当ストレスフルな日々だったんだなと思います。苦笑。

そして2011年の目標を立てていました。これは達成度50%といったところ。



一、盗みきる
⇒直属の上司が退職した事もあり、結果的に達成度が上がった感がある。

二、年間粗利目標達成
⇒途中で営業から外れて企画/開発に携わったこと、営業マンの提案内容を考えるブレーンになったこともあり、ここは微妙。営業をやっているときは達成月もあったので50%でしょう。

三、プライベートの充実
⇒ちょっと達成度が低い点。来年はもう少し改善できる気がします。



2012年の抱負は年明けに立てるとして、逃げるように過していた自分に少しだけ向き合うことができたのが今年だったと思う。

来年は、向き合うだけでなく、それを乗り越える人tに、乗り越える人を創れる人になりたいと思う。なんせ教師だから、ね。



2011年もお世話になりました。
2012年も宜しくお願い致します。
約3年ほど前の2009年4月、アルバイト先にそのままエスカレーターする形で入った現職の会社。当時立ち上げてまだ二期目という、創業メンバーと言っても間違いでもない時期に新卒として入社した。

当時は社会のことなんて何も知らなくて、理想ばかりを吐き捨てて先輩に立てついて、挙句の果てに先輩社員の皆様を「大手から転職してベンチャーに入った人たち=落ちこぼれ」という最低な価値観を携え、毎日文句をぶつぶつ言いながら過ごしてきた。過ごしていた。どれもこれも、読み返したブログが教えてくれたことだった。

クリスマスイブだというのに、結局仕事のためにカフェでパソコンを開く。これから教師になって少しでも時間ができるものなら何をしようか、なんてぼんやり考えて、泡立ちの中途半端なカフェラテをすすっています。

社会人になって、実家⇒喜多見⇒日吉と、住むところを変えて仕事に近い距離に自分を置くようになっていった。たぶん仕事をすることが好きなんだと思う。追われるのは嫌だし、心苦しいこともあるけど、いざそれがふと消えたとき、底知れぬ不安を抱えてしまった先週末を考えると、そうなんだと思っている。

日吉はロールプレイングゲームに出てきそうな少し変わった作りの町で、駅を降りると改札口前のバス停を中心に放射線状に通りが5本、住宅街に向けて伸びていく。両端の通りは線路に沿うように走り、中央の1本の通りとの間をそれぞれ1本ずつ通りが走っていて、それぞれ商店が立ち並んでいる。飯屋は有り余るほど並び、一人でさらっと入れそうなBARもあるようなので、そろそろデビューしようと思う。



ぼんやり、4月以降の生活の事を考える。

社会人での経験がいったい何の役に立つのだろう、という疑問に対する答えが見つからず、それでも自分自身に納得させるためにその経験は必要だった。今後の人生のためのリスクヘッジでもあったんだと思う。リスクヘッジばかり取っている人生だなとも思う。

もうすぐ25。人生の目標を教壇に置きながら、その一方で別の目標も心の中に生まれつつあって、教壇に立てばこれもまた変化し、よりくっきりとした姿に形を変えていくのだろうと思う。

今目の前に、誰もが知っている大手電機メーカの仕事と、これまた誰もが知っている企業が立ち上げたSNSの企画仕事、もうひとつは外資の高級調理器具メーカーの企画書、そしてうちのサービスの商品資料のリニューアルと、4つのタスクが並べられている。クライアント絡みのものを今日中に仕上げ、明日自社商品資料の改定をする。はずなのにブログを開いてしまった。苦笑。



上司は4月以降の私の事をいたく心配してくれていた。それは、学校という閉鎖的なコミュニティの中で、私の心の中にともった、「人」であることの小さな灯が消え、さめきってしまわないか、ということだった。社長が3ヶ月に1回飯を食ってくれるという話も、たぶんその灯を絶やさせないためだったんだろうと思う。心底感謝したいし、言われてしまうと逆に不安になってしまう。

少なくとも、今の会社にいることが今後のキャリアを選択する上での正しい選択だとは思えないので、離れなければならないタイミングは絶対にやってくると思っていた。それでも、今後もつながっていたいと思う先輩や同僚・後輩に恵まれたと思う。たった20人ばかしの小さな会社だけど、個人的にはすごく好きなんだと思います。企業としての問題も問題で、腐るほどあるし、これから卒業するまでに改善しなければならないけれど。



大手であろうが中小企業であろうが公務員であろうが国会議員であろうが芸能人であろうがなんだろうが、それは働く人を入れておくための箱であって、箱が全てを決めるわけではない。箱の中にどんな人がいて、どの人と近付いて働くか、協働するパートナー次第だって言うこと。

どんな仕事をしたって、お金をいただくのだから、それに見合う対価として最高品質のサービスを提供してしかるべき。今の仕事が教えてくれたこと。無理難題をクリアするから価値がある、超えられないと思われる営業数字を超えるから価値がある、間に合わないと思われる納期に滑り込ませるから価値がある、そう教わった。

こうした価値観がそのまま使えるかといえば、使えないと思う。根っこの部分でふつふつと灯し、コミュニケーションでカバーする。孤独な戦いになるかもしれない。でも、仲間もできた。そしてこれからまた仲間を作るし、生徒たちもある意味仲間。これから社会に出る(なんてことは全く意識していないと思うけど)。現実を伝えるんじゃつまらない、夢だけ語るのも違うと思う。もっと根幹の、「自分で考えて自分で行動する」ことを徹底的に伝えたい。伝わってほしい。自分自身もそういった姿を見せてやりたい。

理想だけは高く懐のポケットにしまいこんで、それでも現実は付いてこないのだから。こちらから近づけていく。

仕事しよう。取り組み易いものから順番に。ギアを上げていこう。
理科の勉強も年明け辺りからしておきたいな。