大好きな仲間たち

 

今年の春先に数年ぶりに友達に会った。

 

高校生の時に出会った。

私の大好きな4人。

 

 

高校を卒業してからも、

今まで付き合いが続く大切な仲間ラブラブ音譜ラブラブ音譜

 

大人になれば、それぞれの人生がまた始まる。

過ごす場所が昔より遠くなる。

 

勿論、まだ携帯やスマホを持つ時代が来るとは

想像もしていなかった時代から時計時計時計

 

 

それでも繋がってきた。

一緒に買い物に行ったり

旅行に行ったり車車車

 

 

 

そして、長年の間に住む県も市も皆変わる。

 

それでも尚

 

一年に二回ぐらいは必ず食事会をしてきた。

近況報告や、たわいのない話をして。

 

真面目な話や、愚痴なども吐きつつ。

 

学生時代の様にツッコミを入れて

ゲラゲラ大笑いして、ゲラゲラゲラゲラゲラゲラ

何時間、喋っても飽きない仲間。ニコニコ

 

 

 

 

ただ、私はここ数年間、出席が出来なくて会えずぐすん

やっと、今年の春には会える事となった拍手

なので、

お詫びの気持ちで、

今年は幹事を引き受けさせてもらう事にしたおねがい

 

 

 

今年の春先に、ようやく5人で会える事となった🙌🙌

それが、何故か説教に繋がることにはてなマークはてなマーク

 

そして、最後まで済ます

 

ハートおっきりこみの話でしたね、、、

 

私が、足を洗って戻ると

出来立てほやほやのおっきりこみを

「ほれ、温かいうちに食べろ」と🍜よそって出してくれます。

 

 

「いただきま~す」と私。

 

出来立てをふうふうと冷ましながら食べる。

 

 

その間に、父ヨッサンは使った道具やを直ぐに全部洗ってしまう。

 

それから自分も食べ始めるのだ。

テレビを見ながら食べるお昼ご飯。

食べ終わるとすぐに食器洗いもしてしまう(笑)爆笑

 

そして、お茶を飲みながら

残りの時間をテレビを見て過ごす。

 

おしゃべりな父親では無いけれど

私は一度も寂しいと思ったことは無かったなニコニコお父さんお父さん

 

 

流れ星流れ星流れ星

そして、母チサンが晩年に話してくれたのは

 

 

結婚してから

父ヨッサンが食器洗いをしようとするので

びっくりして

慌てて「私が、します」と言ったのだと。

 

そうしたら

「いいんだ。大丈夫だ」

「出来る時は出来る奴がすればいい事なんだ」と。

 

「そうに言われてビックリしたんだよ」と(時代が時代だけに)

 

リュウ爺もツネ婆も分かっているのか

それが当たり前と思っていたようで

口をはさむことはなかったそうだ。

 

私ツネまが見ていた事は

 

母チサンが家事をする事はもちろん多々あったが、

その時その時の生活事情で

父ヨッサンが家庭の中で動くことは

当たり前にあるある事でした。

 

ギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザ

母チサンに話を聞いてなるほどね、と納得。グッ

 

話を聞けて良かったと思った。

 

そして最後に

「最初はちょっとソワソワしたけど、慣れちゃたんだよ」と

母チサンが笑ってた爆笑

 

ルンルンルンルンルンルンルンルンルンルン

 

そんなお話でした。

ありがとうございました。

では、またバイバイ

 

 

 

 

 

ここ三か月で次々と

 

①親戚からメロン2玉送られてきました義理チョコ

こちらは赤肉メロン

下矢印

下矢印

 

もう一玉はアンデスメロンでした。

アンデスの方が熟成が早かったので

先にモリモリとたべてしまいました。。

 

 

②次に来たのは、

ツグエがくれた御中元の🍑ひと箱。

 

三種類の🍑が、ありましたので

楽しい。

美味しい。

 

 

③そして、久々に我が家に

遊びに来てくれたママ友のタケンちゃんが

お昼用に

買って来てくれたご馳走各種びっくり

 

 

 

 

いつも、お茶するときは

何かしら美味しい食べ物を持って来てくれるんです。

 

感謝しかない照れハート

 

軽く見積もっても六時間は、おしゃべりする。爆笑

 

 

➃最後は友達が、仕事で行った時の

お土産で貰いました。

 

福岡の八女茶

(失礼ながら私は存じ上げませんでした)

汗うさぎ汗うさぎ汗うさぎ

 

 

私の日々はコーヒーと日本茶は欠かせないもの音譜音譜

毎日、常に飲んでいるお茶コーヒー

でも、中々高級な茶葉などは飲めませんがな泣くうさぎ

 

超うれしいドキドキ超うれしい音譜

 

もう直ぐに飲みました。

 

これがまた、びっくりするほど美味しかったのですよ目

一口飲んで

「うんま!!あまルンルン」

と

無意識に叫んでいましたよ( ´∀` )

 

パック形式になっていたので、

1パックを、分けて回数を多くして飲んでいますがな笑いチュー

 

もう皆さんには感謝しかありませんでしたね~~ラブラブラブラブラブラブ

 

前にも言いましたが顔を思い浮かべてくれて

あの人に買っていこうと思ってくれる気持ちが

本当に嬉しいと感じるのです。

 

そんなお話でした。

では、またバイバイ

ありがとうございました。

 

 

 

世のちり洗う四万温泉

毎度お馴染みの上毛かるたの「よ」

「よのちり洗う四万温泉」です。ニコニコ

 

 

昔から四万温泉に入れば

四万(よんまん)もの病いが治ると言われています。

 

その四万温泉に行った時に見ました照れ

 

 

 

 

 

 

もう、30年キョロキョロキョロキョロ??ぐらい前の写真なので。

その頃は24枚撮りのインスタントカメラを

使っていました。

懐かしい( ´∀` )

 

なので、

写真のブルーよりも

実際に見た四万ブルーは

青かったです。照れ照れ照れ

 

初めて見たので、私も子供たちも

【うわ~~~】目がハート目がハートラブと

声を上げてました。音符ルンルン

 

 

今ならスマホで綺麗に撮れるのでしょうが、、

これはこれで時代を感じさせます。

ニコニコニコニコニコニコニコニコニコニコ

 

四万湖はダムの役目として造られたと聞いてました。

少しでも皆さんのお役になっておりまする雨雪の結晶

 

それと天気や水位や時間、季節によっても

色々なブルーが見られるとも聞きます。

私ももう一回に見行きたいな~~~照れ

 

 

車車車車車

 

そしてまた帰る道々に

鯉のぼり🎏?鯉のぼり🎏だ!

泳いでる~泳いでる~~

なんかイベントしとる!!!!!!

 

即、突入する我が家グリーンハートグリーンハートグリーンハート( ´∀` )

 

 

 

 

 

中之条の鯉のぼり🎏祭りでしたハート

 

ここにお蕎麦屋さんがあって有名店のようでしたびっくり

大行列でした。

 

 

父ヨッサンはお蕎麦が好き。

でも、予想外で並ぶのはあまり好きではないてへぺろてへぺろ

 

 

なので、

地元のお野菜やお漬物、お菓子などを買って

たくさんの鯉のぼりを楽しんで

咲いているお花を眺めて

帰りましたとさ。

 

家に帰って、買ったお漬物とお菓子を

熱いお茶で食べました。

 

また、楽しい思い出ができましたグリーンハート

めでたしラブラブめでたし合格

 

 

 

鯉のぼりだから5月の旅行だったんだーーー爆笑ニコ

思い出せて良かったニコニコ

 

 

そんなお話でした。

ありがとうございました。

では、またバイバイ

 

 

 

上毛かるた「の」

 

登る榛名のキャンプ村

ギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザ

 

 

私が子供の頃は『春、夏、秋』と、行ってました。

 

どの季節も景色が色々あって

飽きることはありませんでしたね~~

照れ照れ照れ

 

 

 

 

孫が生まれてからは、私が運転手になり、車車車

夏に行くことが多かったですね。

涼しくて気持ちよかったのですよ。

 

ニコニコニコニコニコニコ

 

榛名山は、富士山の形に似ているので

昔から

【榛名富士】

とも呼ばれていました。

比べ物にならないぐらい

ミニマムですが、、、富士山

 

 

それと、榛名湖に映る姿を

【逆さ富士】

と、呼んでいました。

 

私は小学生の時2回ほど見ましたニコニコ

父ヨッサンに

「ほら、逆さ富士が見えるぞ」と言われ

指さす方を見ると湖に山が映っていました。富士山

「逆さ富士?何だろうか・・・」と

意味さえ知らなかったけれど、

 

それは、湖に描かれた絵の様に見えて

キラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラ

子供心にとても不思議な風景でした。

ラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブ

 

 

そして【逆さ富士】は、

気象条件等々が揃わないと

見られないと大人になってから知りました。

 

今になって私はラッキーだったのだと感じる次第ですニコニコ

 

 

 

 

ルンルンルンルンルンルンルンルンルンルン

それと、楽しみは最初の写真の馬車です。

 

この馬車にみんなで一緒に乗って

お馬さんがゆっくりと歩いて湖の周りを

ぽくぽくと馬馬馬歩いてくれます。

 

 

勿論、有料ですが、行くと必ず乗せて貰いました。

とても気持ちよくて癒されましたねピンクハートピンクハート

 

 

 

そういえば、

父と母が亡くなってから乗ってないな~~~

 

 

知らんぷり知らんぷり知らんぷり

と、急に乗りたい衝動に駆られる(笑)

 

皆さんもご縁がありましたら是非ともどうぞ馬馬馬

癒されますよ照れラブラブ

 

そういえば

何年か前に群馬ガチャポンみたいのが流行ったらしく。

娘のタケミがお友達に貰ったキーホルダーです。

ホントにこんな感じです。

そんなお話でした。

では、またバイバイ

ありがとうございました。

 

ギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザ

 

PS:確か近くにゆうすげ温泉があったはず。

温泉好きの我が家は何処へ行っても

日帰り温泉をしてました温泉温泉温泉

 

 

 

 

日曜日のお昼ご飯は

ツネまが小さい頃から

 

東(あずま)製糸株式が休みで、特に出掛ける用事のない日曜日は

 

毎回父ヨッサンが昼ご飯を作っていた。

 

父ヨッサンは嫌がらず台所仕事をする。

若い時から、年を取っても変わらなかった。

 

お洒落なご飯は、作らないけれど

台所に立つことは常にあった。

 

おにぎりたこ焼きラーメンナイフ

 

 

 

私が小学生ころまでは、

特別なお出掛けなどが無い時には

2人で作っていたな~~お父さんニコ

 

日曜日のメニューは

群馬県の郷土料理

おっきりこみうどん!グッ

(今では、おきりこみと言われるかな)

 

うどんから手作りするのです。ラーメンナイフ

その頃はうどん粉と呼んでいた。(現代の中力粉かな?)

 

私は足をきれいに洗って出番まで

足を汚さないように座って待つのみ。

 

 

父ヨッサンは粉に水を入れながら

大きな手でこねて、こねて、こねてーパー

うどん玉を丸く作る。

 

その背中をジッと見ながら、待っている私ねー

 

「ほいびっくりマークツネまちゃん出番だよ」

 

 

出来上がると、私の前に用意した木の大きな踏板に置く。

その上に、きれいに洗った大きめの綿ふきんを広げて

うどん玉を包む。

 

「さあ、しっかり踏んでくれ」

と

私をうどん玉の上に乗せる。

 

わたしの仕事の始まり。

 

とにかく踏んで踏んで踏み倒す足足

コシのあるウドンにするために!!

 

 

その間に父ヨッサンが大きな鍋に

野菜を沢山入れた汁を作る。

おっきりこみは基本肉類は入れない。

 

季節にもよるけれども

ジャガイモか里芋。

人参、椎茸、

ネギ、⦅下仁田ネギの季節だと最高⦆ルンルンルンルン

豆腐、油揚げ。等々で作る。

 

汁は鰹節の出汁と醤油がメイン鍋

 

それを作り終えると

私の踏んでいた、うどん球の様子を見て、

少し自分の手でこねて調整をする。

 

「ツネまちゃん、ご苦労さん。」

「手と足を洗っておいで」

 

「はーいニコニコ」

ここで、私のお手伝いは終了チョキ

 

 

 

そんな時、母チサンは何処にって???

 

 

 

此処に爆笑

下矢印下矢印下矢印

 

ママ友と一泊旅行電車電車電車しとるニコニコ

 

 

続きます。

 

 

では、またバイバイ

ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今でもずっといるね

 

 

 

上矢印上矢印上矢印上矢印上矢印

 

上記の物はリュウ爺とツネ婆が結婚して建てた家に飾ってあった。

私も子供の頃から目にしていた物。

 

獅子の置物や、木彫りのアイヌ民族は

意味も解らず

「なるほどー」と見ていた。

何がなるほどー、だったのか❓

うーんうーんうーん

 

 

 

 

そして、

これもまた置き物だったのか❓

良く分からないまま、ずっといる。

下矢印

下矢印

下矢印

 

 

母チサンはリュウ爺がこの世を去ってから

これに花を生けたりしていたあじさいヒマワリチューリップ赤

ちょうど、小さな花器ならこの中に収まった。

それはそれで

見栄えが良くなった( ´∀` )

 

 

 

 

そんなお話でした。

では、またバイバイ

ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 父ヨッサンが守りたかったもの

 

それは、勿論、子供達の命。

 

そして、少しでも早く親の元に、家に、帰す事。

 

その頃の家はどこも木造建てで、

家と家が隙間なく建っていた。

道も狭く、大型の消防車は

通れなかった。消防車消防車消防車

 

 

燃え広がれば、あっという間だ。

親も子供を守るのに精一杯になってしまうだろう。

 

 

だから、我が家に集めてたのだろう。

 

 

そして、私が大人になって思ったのは、

父の性格を考えると

万が一消火が遅れて、我が家の近くに

炎が近づく時は

その先の逃げ場所を考えて

話を付けていたと思うのだ。

そういう人だった。

 

炎炎炎炎炎

そして、1時間ほど経ったころ

消防車のサイレンが遠くなって行った。

 

同時に子供たちの親が次々と

我が家の玄関口に来た。お父さんお母さん

 

 

その時のホッとして親に駆け寄っていく子供たち。

その時、我が家に来てから見せた初めての笑顔を

今でも憶えている。

 

 

母チサンとも顔を合わせて頷きあったニコニコ

良かったニコニコひらめきと

 

 

でも、我が家の父はまだ帰らない。

その理由を、母も私も分かっていたので

特に慌てることもなく後片付けをする。

 

そうこうしているうちに

「おう。手間掛けさしたな」と、帰ってきたグッド!

 

「おかえりなさい」

「お疲れ様」

 

そして、父ヨッサンが大好きな熱い熱い緑茶を出す。

母チサンと私も一緒に飲み、

一息ついてから

話を聞いた。

 

 

まず、火元の家の様子。

ボヤで済んだので

とりあえず、そのまま住めそうだということだった。

友達がいたので、

安心したのは憶えてる。

でも、その後の話の記憶が曖昧になっている笑い泣き無気力

 

 

魂が抜ける魂が抜ける魂が抜ける

それもそうだな。。。

 

我が家がそういう立ち位置の家であることは

それなりに理解はしていたけれど、

近くの家で火事があり

小学生の私も心の何処かで

不安が交錯していたのだろうと

今なら分かるうーん

 

ただ、父ヨッサンを信じていたから

母も私も一緒に動いていたのだ。

 

 

炎炎炎炎炎

 

あとは、群馬県特有のからっ風が

強く吹いていなかったのが幸いした事。

もし、強風だったらもっと燃え広がっていたと思う。

 

「上毛かるた」の「ら」

「雷(らい)とからっ風義理人情」

で、ある。

 

今の群馬県の、からっ風は随分と弱くなって

回数も減った感じがする。

これもまた、現代の気象の変化なのかな?

 

その頃は、冬は毎日、毎日、強風!強風!

だって、小学生の時は歩いているときに

風が前から吹くと

進めないあしあしあし

 

後ろから風が吹くと押されて

嫌でも小走りになった走る人走る人走る人笑い泣き

 

 

そんなお話でした。

では、また。バイバイ

ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

メニエールとインフルエンザ

 

2月にメニエールが酷くなって

点滴を毎日の様に受けていた。

 

三十代の頃からの

持病なのです。

救急車に運ばれて一週間ほど

入院もした事がございまして、、、

筋金入りメニエール(笑)

 

なので

文字を目で追うのがチョット辛く

中々ブログに書き込むのが進まないえーん

 

 

そしたら、先週インフルエンザB型

かかりました。

もう治りましたが、、、

まだ、体がだるい無気力無気力無気力

 

ダブルパンチの状態でーす。えーん

 

 

 

ご理解のほどよろしくお願いいたしますネガティブ

 

このブログを書くだけで

何日掛かったろうか❓笑い泣き

 

未だB型流行っているそうなので皆々様も

お気を付けてお過ごしくださいませふとん1

 

では、またバイバイ

ありがとうございました。

 

 

最近多い火事のニュースを見て思い出した事 

 

私が小学5、6年生の頃。

ちょうど、今ぐらいの寒い季節にあった事。

 

夕餉(ゆうげ)も終わった頃のこと。

        右下矢印右下矢印右下矢印

(昔の早めの夕ご飯の事)

 

左右矢印左右矢印左右矢印左右矢印左右矢印左右矢印左右矢印左右矢印左右矢印左右矢印左右矢印左右矢印

 

外から消防車のサイレンが近くから聞こえた消防車

でも、音が過ぎ去らず

一か所で止まっている感じだった。

 

父ヨッサンの行動は速かったランニングお父さん

「行ってくる!!」と

直ぐに走って出ていく。

 

一分もしないうちに戻り

母チサンと私に

「消防車が道の角で曲がれない」

「近くの子供たちを全員家に来させるからあとは、頼むぞ」と言ってまたすぐに

出て行った。

 

 

 

母チサンと私は父の意図が分かったので

頷いて、直ぐに準備にはいった。

 

 

私は炬燵にすぐに座れるように

座布団を置き

子供が見られそうなテレビをつけて。

 

 

母チサンは温かいほうじ茶を入れる。

 

町内会関係なく、近くに住む子供が

10人ほど、幼稚園児から私の同級生まで

直ぐに子供たちが集まってきた。

 

幼稚園児の子はなんだかよく分からないような

不安そうな顔をしていたので

「大丈夫だよ」と声をかけて炬燵に座らせた。

 

大きい子はあいてる場所に入ってもらった。

こういう時はぎゅうぎゅう詰めの方が

安心するものだ。

 

「ツネまちゃん。お茶入ったよ」

「ぬるめに入れたけど気を付けておあげ」

と、母チサン。

「分かった。気をつける」

と、お煎餅とほうじ茶を配る。

小さい子の後ろに座りゆっくりと飲ませてお茶

お煎餅を渡して背中をさすって

テレビの音を大きくして

「見て見て、」

と

指を指して集中させる。

 

でも、皆の顔からは笑顔はさすがに出ない。

 

当たり前だ。

未だサイレンは鳴り続ける。

 

 

続きます。