向えのおっさんはカタが付いたが、もう1人俺を悩ます奴がいる。


それは、横のおっさんである。


俺のベッドの1m横で寝ているのだが、ある意味で最強の部類に入る人間だ。


おっさんは脳性麻痺って言っていたと思うが、そんな感じの病気で、意識が有るだか無いだか分からない状態の人間だ。


朝から晩まで口を「ぐちゃぐちゃ」「ぐちゅぐちゅ」言わせて、その合間に「あ〜」だ「ゔ〜」だ「お〜」と唸り声を出す。


これが夜中まで続き、時折スタン・ハンセンの「うぃ〜〜〜」の様な雄叫びを上げる。


このおっさんには言っても訳がわかってないので、向えのおっさんのカタが付いた後、9月2日の施設側との面談の時に話をした。


そうしたところ、今週の9月20日迄に部屋を移動する事が決まったと言ってきた。


この施設に来て半年、悩まされてきた事が解決しようとしている。


まぁ本当の解決は、この施設を出ることなんだけど、それはもう少し先の話になるのかな。


障害者施設に来て5ヶ月が経過した。


相変わらず向えのおっさんとの攻防は続くのであるが、このままでは埒が開かないので、そろそろ決着を着けようと思い担当者と話をした。


普通に言って治れば、それでいいと思っていたが治る見込みはない。


ここまで馬鹿な人間だとは思わなかった。


朝一に話をして担当者は、今日会議の時に議題として出して話をすると言った。


俺は「お願いします」と言い、後を任せることにした。


担当者は夜勤明けなのでその日はいないが、施設側から何か解答を持ってくると思い、俺は待っていたが何も言ってこないまま就寝の時間になった。


その日の夜勤の職員が俺の所に、寝る時間だと言いに来たが、何も解答を持ってこない施設側に「どうなっているのか」と言う事を問いただしたら「今日からおっさんに眠剤を飲ませて眠らせる」と言ったので、俺は良しとして部屋に帰った。


そして暫くの間、おっさんは大人しくなったが今度は俺の鼾が気になり、咳払いをして俺を起こす様になった。


これには俺も頭にきたので、翌日から俺は眠剤を止め、おっさんが寝て鼾をかいたら大騒ぎをして起こしてやった。


おっさんは俺に「うるさい」だとか「静かにしろ」とか言ってきたが知ったことではない。


これを2日も続けたらおっさんは俺が何を言っても何も言わなくなった。


そしてこの件は決着がついたのである。



向えの寝たきりのおっさんは昼夜問わず、テレビを見て独り言を言い、声を出して笑うのである。


昼間は部屋にいないので別に好きにしてくれたらいいのだが、21時〜6時までは俺が部屋にいるので静かにしてほしい。


テレビを見てかなりの独り言を言ったりしているのだから、ボケていると言えばボケている部類に入るとは思うのだが、職員との会話を聞いてると普通の会話も出来てはいる。


その普通の会話が出来ているので余計に腹が立つのだ。


俺は取り敢えず夜の9時を過ぎて、おっさんの独り言が始まったら職員を呼び黙らせる様に言った。


しかし、その日は収まっても次の日には、また独り言が始まる。


そして、また職員を読んで注意させる。


そんな事を何度か繰り返しても翌日には独り言が始まる。


しょうがないので今度は俺が直接おっさんに「うるせぇぞ!!ジジイ!!」と文句を言った。


そしたらおっさんは「うるせぇ」と言い返してきた。


正直、体が動いたらぶん殴っていただろう。


しかし、その時はまだ起き上がる事すら出来ない状態だったので、虚しく口喧嘩をするだけだった。


そんな事をしていたら職員が来て、おっさんに「テレビを消してねなさい」と注意をして、その日は大人しくなるが、また翌日は独り言が始まる。


俺も眠剤を飲んでいるので寝られる日もあるが、やはり気になるとムカついて寝られないので何とか辞めさせたい。


そんなこんなで5ヶ月が経過した


俺が入った大部屋には、たまに泊まりに来る若者が1人と、寝たきりのおっさん2人と俺の計4人の部屋だ。


この寝たきりのおっさん2人の個性が凄く、俺はこの先2人から今まで感じたことのない、人生で最大のストレスを与えられるのである。


おっさん2人の配置と症状はこんな感じだ。


俺の右側1mには脳性麻痺らしく、意識はあるとは思うが、動く事も喋る事も出来ない。


しかし「あ〜」だ「う〜」だ「お〜」だと唸り声だけは一丁前で、しかもボリュームがぶっ壊れていて、かなりの大きさで唸るのだ。


酷い時は、夜中に俺の大好きなプロレスラーのスタン・ハンセンの全盛期を彷彿させる程の「うぃ〜〜〜」を突然叫びだす始末だ。


もう1人のおっさんは、向え側1mにいて寝たきりではあるが、意識もあり喋る事も普通に出来る。


このおっさんは、夜の12時迄テレビを見るのだ。


別に誰が何処で何時まで、テレビを見ようが大騒ぎしようが俺には関係が無い。


しかし、俺の生活の邪魔をするのであれば、放ってはおけない。


そしてこのおっさんは、その放ってはおけない部類の人間なのだ。


ただテレビを見ているだけではなく、独り言を言い声を出して笑うのだ。


こんな2人と生活をしていかないなんて、とてもじゃないが耐えられないので、取り敢えず向えのおっさんから何とかしよう思うのである。

新しい施設での1週間のお試し期間が終了して、大部屋へ引っ越した。


そして、いよいよ楽しみにしていた、7ヶ月ぶりのトイレに行くことになった。


職員も俺の扱いには、まだ慣れていないので、あーだこーだとやり取りをしながら、作業を進めていった。


職員2人とトイレに行き、1人が俺を抱きかかえる様にして立たせて、もう1人がズボンを下ろす。


そして、ゆっくり俺を便器に座らせる。


大丈夫か確認して、ナースコールの説明をして職員は出て行く。


俺は糞をしる時は、水を流しながらやるので、まず水を流すレバーを押そうとしたが、手が思う様に動かずレバーがなかなか押せない。


それでも何とか苦労して肘が届いたので、水を流す事が出来た。


いよいよ糞をしる時が来た。


俺は全開で踏ん張った。


なんて言ったらいいのか…


人生でベスト5に入る快感だった。


そして、糞をしり終わった。


終わったらウォシュレットでケツを洗い流すのだが、困った事に、そのボタンに手が届かない。


水を流すレバーより上にあるので、今の俺の力では到底ボタンを押すことは出来ない。


「さぁ!!どうするか!!」と悩んでいたら、首が自由に動く事に気付いて、顎を突き出したらボタンに届いて、「ヨシ!!」と心の中で叫びボタンを押した。


ナースコールも、ウォシュレットの隣にあるので、同様に顎で押して職員を呼んだ。


来たときと逆の要領で、車椅子に乗らせてもらい、7ヶ月ぶりのトイレは無事完了したのであった。




障害者施設に来て色々と説明を聞いた中で、俺が1番食いついたのは、オムツを止めてトイレで糞、ションベンをやりましょうという点だ。


ここまで7ヶ月間オムツ生活を続けて来たが、とにかく苦痛でたまらなかった。


それが無くなると思うと、どんな気持ちになるのか想像も付かなかった。


しかし、トイレは大部屋に移ってからで、お試しの1週間はオムツでしりましょう、ということなので極力糞を我慢したが、1度だけ出してしまった。


そして、お試しの1週間が過ぎて「大部屋に移りましょうという」と言うことになり、引っ越しをして大部屋に移ったのである。


移った先の大部屋には常時2人居て、2人とも寝たきりの状態だ。


もう1人は、たまに泊まりにくるみたいで、大体10日に1回位来る。


そんな部屋でこれから過ごしていくのだが、この寝たきり2人組が、なかなかの個性を発揮して、俺のストレスの原因になるのであった。

2024年2月28日に静岡市内にある、障害者施設に移ることになった。


リハビリ病院での入院で、何処が良くなったかと聞かれれば「起こしてもらえば座っていられる様になったよ」と答える。


ハッキリ言って、この5ヶ月で変わったことなど、ほとんど無いに等しい。


そりぁ、先生達も「コイツは治らないだろう」と思うだろう。


しかし、発病から7ヶ月で諦めろと言うのは、俺からしたら「ぶざけるな!!」という思いだ。


次の新しい施設の人間にも、リハビリ病院の先生は、俺に言ったみたいに、「もう小野さんは良くはなりません」と言ったと聞いている。


どちらかというと俺は褒められるより、侮辱されたり舐められたりしたほうが「このヤロー!!舐めやがって!!」と燃えるので、リハビリ病院の先生のやり方は、俺にあっているのかもしれない。


そんなこんなで、新しい施設に到着して、一通りお決まりの説明と挨拶が終わり、取り敢えず1週間は個室で様子を見て、それから4人部屋に移るという事で、施設に来ての1日目は終了した。

リハビリ病院にいられる期間が1ヶ月を切った。


身体の治りも思っていた以上に悪く、病院側から先日言われた事も頭に残り、前向きだった気持ちも萎えてきていた。


この頃になると、次の行き先を決めなければならない。


俺は、情報も知識も何もないので、提示された所でOKという事にした。


所詮、寝たきりのフラフラ星人は、行くところなど限られているのだから、後はなる様になるだけだ。


だけど不安もある。


この時の俺は、リハビリを続けないと治らないと思っていた。


なので、リハビリの事だけが不安であった。


そんなこんなで、リハビリ病院での残りの1ヶ月は、不安との戦いだった。


そして、2024年2月28日にリハビリ病院を退院して、新たな施設へ行くことになった。

リハビリ病院の期限も残り1ヶ月を切った頃、先生から話があると言う事で、呼び出された。


看護師に車椅子を押されてナースセンターへ行ったら、先生、看護師長、リハビリの先生1人の計3名が待ち構えていた。


俺が席に着いたのを見計らって、先生が口を開いた。


先生「小野さん頑張ってますね」

俺「はぁ〜」

先生「小野さんの病気はうんたらかんたら、あ〜だこ〜だ」

俺「はぁ〜」

先生「なので小野さん、もうこの状態から良くはならないと思って下さい」

俺「はぁ〜」

先生「これからは、この状態でも楽しめる何かを見つけて下さい」

俺「はぁ〜」

とそれらしい能書きを垂れていた。


隣の看護師長とリハビリの先生も、先生の話を聞きながら、もっともらしい顔をして、うんうんと頷いていた。


その姿を見て俺は「コイツら馬鹿の集まりだな」と思った。


そして話も終わり解散となった。


俺は「簡単に人の人生決めてんじゃねぇよ!!お前ら見とけよ!!吐いた唾飲ませてやるからよ!!」と心の中で、その3人に向かって叫んで、その場を後にした。

リハビリ病院の期限が、残り1ヶ月を切った。


この時点で少しは良くなってきているが、元々が首しか動かないピクピク星人のとき、リハビリ病院に来たので良くなったと言っても、たかが知れている。


流石に俺もこの時は、治らなすぎて焦りがでてきていた。


「一生オムツ生活では、やってられないぞ」とか「ほぼ寝たきり状態では、ストレスで死んでしまうぞ」とか考えば考えるほど、闇に堕ちて行った。


一方、リハビリはいつもの練習を一通りやり、慣れてきたら歩く距離を伸ばしたり、立つ時間を増やしたりと、色々と工夫をしてやってくれた。


お陰で、ピクピク星人からチョビチョビ星人、そしてフラフラ星人に成長出来た。


そんなこんなで、入院生活を過ごしていたら、先生から話があると言うので話を聞きに行った。


そこには先生、看護師長、リハビリの先生と3人の人が待っていた。


そして、話が始まった。